幻の1発が打線爆発の導火線となった。同点で迎えた4回2死二塁で山田哲人内野手(24)が勝ち越しの適時二塁打。スタンドに入る2ランかと思われたが、観客が打球をキャッチし、リプレー検証の末に二塁打となった。それでも打線は動揺することなく、続く5回に打者一巡の猛攻で5得点を挙げ、流れをつかんだ。大量11点を奪っての勝利の土台には、小久保裕紀監督(45)からのメッセージがあった。

 まさかのハプニングにも侍ベンチは浮足立たなかった。同点の4回2死二塁。山田の打球は左翼席に飛び込んだかと思われたが、観客がキャッチ。本能的に出したグラブが外野フェンスより前だったためリプレー検証に入り、勝ち越し2ランは二塁打と判定された。

 これが何が起こるか分からない国際大会。小久保監督は深く2度うなずき、判定を受け止めた。「正直、こんなにプレッシャーがかかるのかと。5回くらいまでなかなか落ち着かなかった」と明かしたが泰然自若の姿勢は5回に中田に盗塁を決められた直後、イライラ感を隠せなかったキューバとは対照的だった。

 山田も「これも野球。仕方ない。もうちょっと筋トレをして打球を飛ばしたい」と振り返った1発は、意気消沈どころか、5回の松田の3ラン、菊池の適時内野安打につなげ、一挙5点のビッグイニングを呼び込んだ。

 試合前の小久保監督のメッセージがハプニングにも揺らがない結束力を生んだ。午後3時。サロンに集まった選手、裏方、スタッフを前に、孟子の言葉を引用して語りかけた。戦略が成功する3条件を示した「天・地・人」の中で、最も強調したのが「人の和」を指す「人」だった。

 小久保監督 全員が同じ方向を向いてWBCを戦っていこう。

 同じ方向=世界一。力を込めて、熱く訴えかけた。初戦の緊張感、ストライクゾーンの違い、キューバの時間稼ぎとも思える間合いの長さ…。それでも揺らがなかった。指揮官が示した何が起ころうとも地に足をつけて戦い抜くための目標が侍たちを動かした。「正直予想以上にプレッシャーがあったが、選手たちは普段通りプレーに入れた。地に足を着けて、いい結果が出た」とうなずいた。

 世界一の奪還に向け、チーム一丸を体現する一気呵成(かせい)の攻撃は、今後の戦いへ確かな勢いをつけた。【佐竹実】

 ◆孟子の三才 公孫丑下に記される一節。「天」「地」「人」を「三才」とし、治世に必要な心構えを説いた。「天の時は地の利に如かず」とは、偶発的な要因は地形の優位性、ひいては潜在的な能力には及ばないという意味。「地の利は人の和に如かず」とは、人心の一致にはかなわないという意味。並べて、戦に勝つ、すなわち治世のためには人の心をつかむことが最善の方法としている。