先日行われた「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で勝利し、これでデビューから3連勝となりました。相手は17歳のテコンドーのジュニアオリンピックチャンピオン。ゴングと同時に飛び蹴りを食らわせてくる度胸があり、僕を「倒したい」という殺気があふれ出ていた。

ただ、その攻撃を受けても今回の僕は落ち着いていた。もちろん試合が始まれば冷静という言葉を使えるほど落ち着いた状態ではなかったが、今回は今まで以上に心静かな自分がいた。それは全て練習のおかげだ。もっと言えば、それは練習だけではなく、私生活から食生活、普段の思考など全てだ。

毎日3時間。RISEのランキング2位まで上り詰めたことのある24歳の京介選手と毎日拳を交えた。何度も何度もノックアウトされ、その度に「43歳になって何やってんだ」。そう思った。

それでも次の日にはまた練習に向かう自分がいた。Jリーガーの時より走り込み、食に気を使い、体重や体脂肪率を気にした。そして、練習が終わってヘトヘトになっても体を休めることだけではなく、新たに始めたプロジェクトにもしっかりと向き合い、成功を手に入れるために努力をした。

それは講演会も同じだ。試合前だからといって講演会を断ることはなかった。僕にとっては、格闘技をしていることと同様に、人に勇気や変化のキッカケを与えることがとても大事なんだ。試合までありとあらゆることに目を向けて、一切手を抜かず、圧倒的な努力をした。身体は痛いし、精神的にも苦しい。それでも続けてこられたのは、自分で決断した道だからだ。

「人生の豊かさは決断の数で決まる」

僕は常日頃そう言い続けている。僕らは何かを自分で選んでいるようで、実は選ばされてしまっていることが多い。自分で「決断」するということができているようでほぼできていない。

もし格闘技を他人から勧められて何となく始めたとしたら、今頃僕は鬱(うつ)になっていたと思う。自分で決めたことですら、日曜日のオフになると月曜日の練習に行きたくないなと思っていた。それくらい苦しかったが、自分が決めたことで、それはお金や名誉のためではないことも自分の中でハッキリわかっていた。

その証拠に、今回のファイトマネーはある団体に寄付をする。その団体は小児がんの子どもたちを支援している。未来ある子どもたちのために少しでも力になりたいと思っている。

格闘技はお金もうけのためにやっていない。ましてや売名行為やちょっとしたノリで始めたわけでもない。格闘技を通して武士道精神を学び、その鍛錬された精神で、固定観念で閉鎖的になっている社会を打破したい。自らの決断により進んだ道はどれだけ険しくても、戦いがいのある最高にエキサイティングな道だ。それが僕の生き方であり、僕は人生を謳歌(おうか)できる理由でもある。

そして、今回改めて感じたことは、自信とは準備だということ。どれだけ事前準備をしたか。それは質ではなく量だ。質と量を分けて考える人がいるが、僕はそうは思わない。量をやって初めて質が何かわかる。素人に必要なのは質を問うことではなく、量をしっかりとやり切り、その中で質に出合うのだ。そしてその量こそ自信の源になる。

画家やバイオリニストやピアニストは、何万回何十万回と音を奏で、何度も何度も弾き直し、あらゆる弾き方を試しているはずだ。それが彼らの自信の根源だと思う。アーティストであろうが、アスリートであろうが、ビジネスマンであろうが、その自信の源は一緒だと思う。自信がない人は準備不足なだけだ。

持論が出てくるまで量をこなす。正解やノウハウ、ハウツーを聞いたり学んだりする前に、圧倒的な当事者意識を持って、量をこなす。その量こそが事前準備には欠かせない大事なポイントになる。どれだけ準備をしても人は緊張する。しかし、それは自信がないのとは全く違う。

いい緊張と悪い緊張があるとすれば、そこに自信の裏付けとなる根拠があるかないかだ。言い訳上手になるな。責任転嫁するな。全ては事前準備だ。自分がどれだけの量をこなし、何度も何度も検証しているかどうか。そして、それだけの量をこなしていると、私生活や食生活まで見直したくなる。本当に強い人や本当に上手な人というのは技術だけを磨いている人ではないと気がつくのだ。

もっと本質的なところがあり、そこに気がつけているかどうかで変わる。自らの努力を疑い、自らの目標を疑い、そして最後は自分を信じて、その努力と目標を育てるんだ。明らかに社会が変化している現代において、僕ら人間があぐらをかいている暇などない。

圧倒的な当事者意識を持った自らの変化で現代を乗り越えていかなければ、本当に手に入れたいものは手に入らなくなる。表面上の聞こえの良い努力ではなく、圧倒的な努力をして、ここまでやったから後は披露するだけだと思えるまで、やり続けられるかどうかだ。諦めるな、立ち上がれ、まだ打つ手はある。僕は最後までRIZIN出場を諦めない。

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設。21年4月に格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビュー。初戦、8月27日の第2回大会と2戦連続でKO勝利し、12月10日の第3回大会も判定勝ちで3連勝中。175センチ、74キロ。 (ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)

EXECUTIVE FIGHT武士道 裕次郎(左)に勝利し、勝ち名乗りを受ける安彦考真(撮影・松熊洋介)
EXECUTIVE FIGHT武士道 裕次郎(左)に勝利し、勝ち名乗りを受ける安彦考真(撮影・松熊洋介)