それぞれのスポーツに引退を表す言葉がある。野球なら「バットを置く」「マウンドを去る」、相撲なら「土俵を去る」、いくつかに共通する「スパイクを脱ぐ」など。ボクシングでは唯一身につけるものである「グローブをつるす」という。最近つるした元世界王者がいた。

 WBA世界スーパーバンタム級王者だった下田昭文。2月21日にブログで「引退します」と表明した。近年はアマ経験者が増え、特に名門帝拳ジムにはエリートが集まる。その中にあって下田はたたき上げで、異彩を放つ個性豊かなボクサーだった。

 高校受験に失敗し、自宅近くの帝拳ジムに「なんとなく」入門し、2日目でスパーを許された。8回戦までろくにロードワークせず、天性のカンだけで日本、東洋太平洋王座を獲得。そして、11年の世界初挑戦で王者李を3度ダウンさせて王座に就いた。

 グアムキャンプで初の海外に紙袋1つで成田空港に表れた。日サロ通いの真っ黒。ゴルフ焼けの本田会長に「日サロ行ったんですか?」。天然の逸話には事欠かない。リングでも感性で動き、強引にパンチをねじ込む。スパーでスリップダウンも、一瞬のでんぐり返しで飛び上がった時はびっくりした。野性的だった。

 米国で初防衛に失敗し、14年にマカオで一撃KO負けし、本田会長から引退勧告された。何度も頭を下げ、こっそりジムで練習し、運転免許と高卒資格取得を条件に再起。この3年間で2度目の日本王座挑戦失敗に引退を決意した。

 「15歳からやってきて、半端だった自分が逃げずにやりきりました。世界王者になったんだから、悔いはないです」。3月に入って、後輩の応援に来た東京・後楽園ホールで明るく話していた。

 入門から指導した葛西トレーナーは「リングの中はいいけど外は全然ダメ」と振り返る。朝に母親が起こしても起きず、ずっと朝電話する目覚まし役まで務めていた。2次募集で合格した高校は中退し、通信制の高校も辞めていた。

 下田は2月からバイトをしながら、今度こそと新宿にある通信制の高校に通い始めた。「初日は気合入って、先生より早く一番に行きました。楽しいです」。今も屈託ない笑顔。将来もトレーナーなどでボクシングに関わっていきたいという。【河合香】