ボクシングの元世界ヘビー級王者、マイク・タイソンがリングに“復帰”する。53歳になったレジェンドがチャリティー事業のエキシビションマッチに出場するため、先月から練習を再開したとの報道が今月に入って飛び交った。11日にインスタグラムに投稿したミット打ちでは、年齢からは想像できない高速コンビネーションの強打を放っていた。それを見て、あの「硬さ」が思い起こされた。

18年10月だった。「痛っ!!」と思わず顔をしかめた。米国・ラスベガスのショッピングモールでクリンチ、いやハグをしてもらった。その体は岩のように硬かった。

WBA世界ミドル級王者村田諒太の初防衛戦のために訪れたラスベガスだった。同地に住むタイソンがサイン会を開くという情報を聞きつけ、カメラマンと2人で巨大なモールを探し回った。スポーツショップの外にイベントの看板を見つけた。話を聞ければ、記事になる。ただ、不発に終わる可能性もある。それでも、高揚した勢いままに、自腹覚悟で参加権代わりの250ドルのボクシンググローブを購入した。数組の列に並び、黒カーテンの奥にその姿がちらほら。小学生時代に遊び続けた家庭用テレビゲーム機のボスとして戦い続けたレジェンドがそこにいた。そして、ついにその時が。

カーテンを開けると、緊張するこちらを一見して、とっさに日本人と判断したのだろう。「コンニチハー!」の大きな声。かみつき事件などで凶暴なイメージも付きまとい、勝手に身構えていたところに、おもむろに席を立ち上がると、こちらに迫ってきた。そして分厚い肉体で抱きしめられたのだった。

その体はゴツゴツし、一切のゆるみを感じさせなかった。わずかの接触で、驚異のパワーを拳に宿した肉体のすごみの一端に触れた気がした。その取材では、村田に「グッドラック!」とサムアップポーズでエール。無事に記事となり、グローブ代も経費で精算でき、一安心の米国遠征となった。

忘れないあの痛さ。15年ぶりの“復帰”がいつになるのか、楽しみでしょうがない。【阿部健吾】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)