新日本プロレス恒例の新春イベントとなる東京ドーム大会(レッスルキングダム18)が1カ月後に迫った。

前IWGP世界ヘビー級王者オカダ・カズチカが、元WWEスター選手で、現在はAEWに在籍するブライアン・ダニエルソンとのスペシャルシングルマッチを控える。6月に行われた新日本×AEW合同のForbidden Door(禁断の扉)興行で両者の初シングル戦が実現したものの、オカダは惜しくも敗戦。10月のAEWダイナマイト大会ではタッグマッチでも激突し、再戦の機運が盛り上がっていた。オカダにとって1・4東京ドーム大会はリベンジの舞台として注目される。世界に知られたダニエルソンのスーパースターぶりを、あらためておさらいする。

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21年9月からAEWでもスター選手として活躍しているダニエルソンだが、21年5月まで12年間、WWEで活躍していたビッグネームだ。WWE「ダニエル・ブライアン」としてWWEヘビー級王座4度、世界ヘビー級王座1度、そしてWWEグランドスラム(シングル最高位王座、インターコンチネンタル王座、US王座、タッグ王座をそれぞれ戴冠)も達成している。

世界に知られたプロレスラーだけに資産もある。米オンラインニュース、セレブリティー・ネットワース調べによると、純資産は1200万ドル(約16億8000万円)で、ほぼレスラーとしての活動だけで獲得しているとされる。また年収は200万ドル(約2億8000万円)と推定。さらにペイ・パー・ビュー(PPV)大会出場などでさらに年収は増額される契約となっているそうだ。

妻はWWEで双子レスラーとして活躍したベラ・ツインズの姉ブリー夫人で、2人の子供にも恵まれている。夫人は妹ニッキーとともに20年にはWWE殿堂入りを果たしている。セレブ夫婦と言っていい。米メディアによると、自宅ガレージにはお気に入りのランボルギーニ、ポルシェ、キャデラックなどがある。

地位と名誉を手にしているダニエルソンも、幼少時代は苦労人と知られる。父のアルコール依存症が影響で両親が離婚。母に育てられ、家計を助けるために新聞配達やマクドナルドのアルバイトをしていた経験がある。WWEでトップに立った後の16年には、度重なる脳振とうが原因でドクターストップがかかって一時、現役引退を表明。WWEスマックダウンのGMとしての活動していた。

長期間にわたって継続した治療とリハビリの効果で、18年3月にはドクターの許可が下りたとして現役復帰した。人さし指を立て、両拳を突きあげて絶叫する「YES(イエス)!!」ムーブは試合会場を最高潮にするパフォーマンスとして知られている。

WWE入り前となる02~04年には新日本プロレスに参戦経験があり「アメリカンドラゴン」のリングネームで活動していたダニエルソン。無名時代から新日本やノアのマットに参戦して日本を知り、WWEで大成功を収めて円熟期を迎える「イエス男」が久しぶりの新日本マットで「レインメーカー」とどう戦うのか。新春の東京ドームには「YES!!」コールが響くのか、それとも「金の雨」が降るのか。【藤中栄二】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)

◆ブライアン・ダニエルソン 1981年5月22日、米ワシントン州アバディーン出身。WWEの「HBK」ことショーン・マイケルズのアカデミーでトレーニングを積み、99年4月にデビュー。新日本プロレスのLA道場で練習し、中邑真輔らと交流。02年10月、新日本プロレスに初参戦し、04年にはIWGPタッグ王座も獲得。06年には米ROHのヘビー級王者としてノアで来日し、GHCJYニアヘビー級王座も獲得。09年にWWEと契約。ダニエル・ブライアンのリングネームで活躍。首負傷、脳振とうなどを乗り越え、現役を続ける。得意技はイエスロック、イエスキックなど。178センチ。95キロ