場所が変われど、魂は受け継がれる。4月下旬、山響部屋が東京・江東区内の清澄白河から東砂に引っ越した。同部屋は、15年九州場所中に北の湖前理事長(元横綱)が急逝してから、山響親方(元前頭巌雄)が継承。引っ越しするまでは、旧北の湖部屋の建物で稽古や生活をしていた。

 これで正真正銘の山響部屋が完成したが、北の湖魂は目に見える形で残った。稽古場に北の湖前理事長が、紋付きはかま姿で写っている写真が飾られた。清澄白河の写真館で保存してあったネガフィルムを掘り出したという。山響親方は「稽古場に入る時と出る時は必ずみんな一礼するようにしている。背筋が伸びる」と気合をもらっている。還暦土俵入りで締めた綱の切れ端も、忘れられない物の1つ。「今は大事にケースに入れてある。近いうちに玄関に飾ろうかな」とあやかるつもりだ。

 指導法も受け継いでいく。相撲の技術ももちろんだが、さらに大事なものがある。「先代には『人を育てないといけない』ってよく言われてね」。目に見えるものも、見えないものも含め、「北の湖イズム」を継承していく。【佐々木隆史】