会場に足を運んで観戦するなら、どのスポーツがオススメ?

時々、知人、友人らに聞かれる質問だ。その人の性別や年齢などによって、好みもバラバラだろうし、複数の競技を答えることもある。ただ、回答する時、必ず相撲は入れている。理由の1つとして、日本人ならほとんど、土俵外に出されたり、土俵内でも手をついたり倒されたりしたら負けというルールを知っていること。そして何より、相撲は数少ない五感を刺激されるスポーツだからだ。

これまで、さまざまなスポーツを取材してきたが、そのほとんどは、実は視覚と聴覚で得た情報を伝えていたことに、いまさらながら気付かされた。

気付かされたきっかけは、1月の初場所で優勝した関脇玉鷲(34=片男波)を取材していた時のことだった。春場所(10日初日、エディオンアリーナ大阪)に向けた稽古後、技術的なことを質問した。すると、土俵脇で座って話していた玉鷲は立ち上がり、稽古場を出て「こっちに来て」と、広い道路脇まで出て実践しながら、技術解説を始めた。

先場所優勝力士に、得意の突き、押しを受ける、まさかの展開-。玉鷲は最小限の力しか出していないはずだが、自分の体が驚くほど吹っ飛び、ひっくり返りそうになった。一瞬で意識まで飛びそうになったと同時に「このままだと倒れる。踏ん張らないと」と考えている自分が、どこか別の場所にいるような感覚もあった。一瞬の出来事とは思えないほど、時間がゆっくりと流れたように感じた。

おそらくプロゴルファーなら、記者にクラブを握らせて、手首やひじの位置を軽く矯正しながらレッスンしているようなものだろう。事実、まったく痛みなどもなく、玉鷲からすれば“触れただけ”ぐらいの感覚だと思う。それがかえって、玉鷲の「押す力」のすごさを実感することになった。

突き、押しを得意とする力士は、勝っても負けても、わずか数秒で勝負が決まることも多い。だが、もしかしたら自分が一瞬、味わった(と錯覚した)ような、時間が長く感じる中で取組を行っているのかもしれない。ルールが明快だからこその、奥の深さを垣間見たような気がした。

玉鷲は技術解説後に「ほらね、力が伝わるでしょ」と笑っていた。即座に「そうですね」と答えた。すごいな、もう十分、結局違いが分からん-。さまざまな感情が同時に起き、考えがまとまらないまま、おそらく生涯で最も心のこもっていない「そうですね」という生返事をしてしまった…。ただ、取組を見て、話を聞くだけでは得られない“何か”を感じ取ったのは事実だ。

もちろん、住んでいる地域などの関係もあり、誰もが相撲を観戦できるわけではない。ただ、視覚と聴覚で得られる情報にしても、力士の体の大きさは一見の価値があり、人間が頭と頭、体と体をぶつけ合うと、こんなにもすごい音がするのだと驚くだろう。いくら映像が高画質になっても、体の大きな力士同士が並んでいると、その大きさには気付きにくい。両国国技館の最上段の席にいても響く、頭をぶつけ合う「ゴンッ」という鈍い音は、一般社会では聞いたことがない。

それに加えて、力士がまげに付けるびんづけ油は、他に例えようのない香りを漂わせる。関脇以下の力士は歩いて本場所に入り、握手などに応じてくれることは多い。真剣勝負の場だけに、験担ぎなどでどうしても対応しきれないこともあるが、総じて力士は気さくだ。

最近は本場所の会場で、相撲部屋のちゃんこ鍋と同じ味を楽しめる。嗅覚も触覚も味覚も刺激される。あらためて気付かされたのは、玉鷲の「押す力」を体感したことがきっかけ。ただ、取材する人にとっても、観戦する人にとっても、現実離れした刺激的な世界であることは間違いない。【高田文太】

内閣総理大臣杯が手渡される玉鷲(2019年1月27日撮影)
内閣総理大臣杯が手渡される玉鷲(2019年1月27日撮影)