大相撲の元横綱白鵬が、9月の秋場所後に、ついに引退した。通算1187勝、史上最多の45度の優勝、16度の全勝優勝…。20年間の土俵人生で数々の功績を残した。では一体、何が優れていたからこれだけの成績を残すことができたのか。記者は、抜群のバランス感覚が1つだと感じる。土俵際での柔らかさ、相手の当たりや技を受けてからの攻防。他の力士にはない、優れたバランス感覚が光った。

結果的に最後の本場所出場となった7月の名古屋場所前、7年以上にわたって白鵬の主治医を務めてきた整形外科医の杉本和隆氏(苑田会人工関節センター病院長)は、こう証言していた。

杉本氏 動作解析をしたら重心が右に3ミリずれてたんです。そしたら横綱が「やっぱりそうなんだ」って。普通は気付かないですよ。

3月に右膝を手術し、名古屋場所に向けて懸命にリハビリに励んでいた白鵬。全身を精密機械で検査した際に判明した、重心のズレに気付いていたという。杉本氏によると力士は長年の現役生活の中で、相撲の型や踏み込む足、まわしを締める方向などで、どうしても体の重心がずれてしまうという。しかし、それに気付かない力士がほとんどの中、白鵬は3ミリのズレに気が付いた。

杉本氏 だからリハビリで四股の踏み方を変えたんです。重心がズレたことで後ろ体重になっていました。リハビリで四股の踏み方をやるのもおかしな話。しかも、横綱に理学療法士が教えるのもおかしいかもしれないけど、横綱は素直に聞いていました。彼は科学的なものも取り入れました。

白鵬は病院のリハビリ室に、慣れ親しんでいる宮城野部屋の土俵の土を持参。約1カ月半かけて四股やすり足などの徹底した基礎運動で3ミリのズレを解消した。そして、進退を懸けて臨んだ名古屋場所。4場所全休を含む6場所連続休場明けで、相撲勘を不安視されながらも全勝優勝を果たした。

仕切り線から大きく下がってからの立ち合いや張り手など、物議を醸す取組があったものの、「今日はどんな取り口を見せてくれるのか」という期待も持たせてくれた。優れたバランス感覚が、さまざまな取り口を可能としていた。

稽古中やマッサージを受けている時など、体に異変があるとすぐに察知したという。「普通の人なら気付かない異変にすぐ気付く。しかも、かなり早く。病院に行かないといけないケガなのか、それともそのままでも大丈夫なのか。頭の先から足の先まで。自分の体がよく見えている。これほどのアスリートはいない」と杉本氏。自分の体をすみずみまで理解していたからこそ、数々の偉業を成し遂げられた。【佐々木隆史】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)