ボクシングのロンドン五輪金メダリスト村田諒太(31=帝拳)が世界初挑戦するWBA世界ミドル級王座決定戦(20日、東京・有明コロシアム)まであと4日。プロでも世界一を狙う大一番を控え、連載「世界の頂から頂へ」でミドル級のすごさや村田の心技体を探る。第1回はボクシング漫画「はじめの一歩」の作者森川ジョージ氏(51)が登場。作中で「日本人ミドル級王者鷹村守」を描く中での葛藤から、村田への期待などを語った。

 「神のいる階級」。森川氏は、ミドル級をそう形容する。連載開始から29年。プロボクサーの大半が1度は読む「はじめの一歩」作者は、畏敬を込めて言う。

 「僕にとってはヘビー級以上に取れないと思っていた。ヘビーは何があるか分からない。パンチが当たっちゃったらね。だけどミドル級は当たらない。スピードもある、技術もある。王者を選んでも絶対に取れないイメージだった」

 連載開始前の80年代にミドル級を席巻していた「神」がいた。マービン・ハグラー(米国)。80年から87年まで統一世界ミドル級王者で12度の連続防衛に成功した名王者。日本人がその階級の王者になるなど想像できなかった。当初、主人公の幕之内一歩をボクシングに誘った鷹村守をミドル級のボクサーとして描く中で葛藤があったという。

 「鷹村が取ったら漫画でも世間に笑われるくらいの階級。取ってはいけない。読者は笑うし、僕が笑ってしまう。さすがに漫画だなと。申し訳ないと思って減量させたんだよね」。作中で現在ミドル級統一王者の鷹村の世界初挑戦は、ジュニアミドル級(現スーパーウエルター級)だった。

 考えが変わったのは95年。竹原慎二が世界王者となり「話をねじ曲げてくれた」。それから20年弱、再び驚異の日本人が現れた。11年世界選手権銀、12年ロンドン五輪金の村田。目を見張ったのはその戦い方だ。「世界選手権、五輪の決勝に出るボクサーは世界王者並み。でも多くはパンチを当てて、足を使ってポイントを稼ぐ『タッチアンドラン』が主流。村田君は違う。前に出て体で距離をつぶしたでしょ、なんてすごいことやるんだと。あの階級だと日本人は体を合わせるだけで疲れてしまう。肩ぶつけて触れ合っただけで、『重い』『動かない』とか思っちゃうと思うんだけど。そこが強かった」。

 漫画には夢が必要だ。だが、その夢の想像も超える存在が村田だった。「竹原君に驚かされて、村田君に関してはあり得ない」。

 だから、プロ12戦を見てきて感じる。「底を見せていない気がする。五輪の最後は、もっと必死に前に出ていた。世界戦にたどり着くまで、というのが彼の足かせになっていた気がする。大事にした部分があるんじゃないか。ミドル級は一発もらったら倒れるから、距離取って打ち合って。いけると思ったら前に出ていたけど、前はいけると思わないうちに前に出ていた。死んでも良い、この試合で終わってもいい、という気持ちでやったことはないはず。『足かせ』が外れる今度は爆発するでしょう。鷹村のように『オレ様一番』と思って戦ってほしい」。

 漫画を超えた男。森川氏は最後、村田に感謝を込めて言った。「村田君が出てきて、もっと開き直れるようになったね。日本人がこんなことをしてもいいんだと。本当に、ありがとう、夢をありがとうだよね」。【取材・構成=阿部健吾】

 ◆「はじめの一歩」 いじめられっ子の高校生だった幕之内一歩が鷹村守との出会いをきっかけに、鴨川ジムでプロボクサーとして成長していく姿を描く。週刊少年マガジン(講談社)で連載中で、既刊の単行本は117巻。リーゼントがトレードマークの鷹村は24戦全勝(24KO)のWBA、WBC世界ミドル級統一王者で、6階級制覇が目標という設定。作者の森川ジョージ氏は具志堅用高のV13をテレビで見てボクシングのとりこになり、現在はJBスポーツジム(東京都足立区)会長。同ジムにはプロは6人が所属。02年には福島学がWBC世界スーパーバンタム級暫定王座に挑戦(8回TKO負け)した。