「ケンカ早い男だったけど、ケンカしたら仲良くなる、人間くさい男だったなあ」。国内最年長の現役プロレスラー、グレート小鹿(77=大日本)が、1日(日本時間2日)に76歳で亡くなった米国の名レスラー、ハーリー・レイスさんを悼んだ。

小鹿が1968年から米国で活躍していたころ、カンザスシティーのレイスさんに呼ばれてデトロイトから試合をするために出かけたという。試合が終わって、ギャラをもらう際に、事前のオファーで提示された額より安く、口論になったという。「そのときにケンカしてね。お客が思ったほど入らなかったからとか言い訳していた。まあ、自分の会社を守りたかったんだろう。怒って長距離バスのに10時間ゆられて帰ったことを覚えているよ」。

しかし、その後も米国で試合に呼ばれる機会があり、付き合いは続いた。「全米を渡り歩いているから、レスラーの移動の情報や、その土地のトップは誰かなどの情報をボクらにいろいろ教えてくれた」と、小鹿が米国各地を転戦する際の情報源として役に立ったという。

日本では、ジャイアント馬場との戦い、ジャンボ鶴田との対戦がファンを熱狂させた。「ブレーンバスターで相手を高々と持ち上げて、お客さんが1、2、3と時間をカウントするのは、レイスが初めてやったんじゃないかな。リング上に、いつも新しいアイデアを持ち込んで、お客さんを喜ばせるのが好きだった。プロとしてボクらの見本だったよ」。

プロレスラーとして米国でも日本でも人気者だった。「彼は日本でも米国でもトップを取る選手。正真正銘のメインイベンターだった。また1人、昔の仲間がいなくなった。寂しいよ」と小鹿は、故人をしのんだ。