旭川市出身でサッカーJ1横浜F・マリノスなどに在籍した阿部陽輔(29=K&K)が、ボクサーとして全国王者を目指す。

28日開幕の茨城国体に男子ライトヘビー級北海道代表として出場する。一昨年の国体では代表選出後に、当時の日本ボクシング連盟のアマチュア憲章に違反することが判明して出場が白紙になった。同連盟の規定が改正されたことで公式戦出場が可能となり、満を持してリングに上がる。

   ◇   ◇   ◇

2年分のうっぷんを拳に乗せる。阿部が並々ならぬ決意で国体のリングに上がる。「目標は優勝ですね。やるからにはそこを目指したい」。元Jリーガーに甘えはない。北海道代表として戦う最初で最後の舞台。狙うは日本一のみ。現在は早朝の走り込みに週2回ジム通いで、ライトヘビー級出場のための減量中だ。

一昨年、競技開始2年で道予選を通過して国体代表に選ばれた。24歳までJリーグなどでGKとしてプレー。身長187センチのフィジカルと俊敏性はボクシングでも一級品の才能として認められた。「当時はボクシングにかけていた。五輪も視野に入れていた」。代表選出後、北海道教大岩見沢の学生として教育実習に行った先の旭川市内でも朝4時から走り込んだ。

国体開催の愛媛に向かう直前だった。GKコーチとして同行したサッカー大学選抜の韓国遠征から帰国後、道連盟から連絡が入った。競技を問わず元プロ選手はアマチュアの公式戦に出場できないという日本ボクシング連盟のアマチュア憲章に触れるため、代表取り消しとの通知だった。「死ぬほど練習してきた中でいわれ『えっ』っていう感じだった」。描いていた夢の扉が1度、閉ざされた。

「腐ったら終わりだ」。オリンピック(五輪)への道を断たれたが、すぐにキックボクシングに挑戦。18年9月にはプロテストを受け、プロを相手にTKO勝ち。12月にはプロのライセンスを手にした。その間だ。日本連盟の会長交代に伴う新体制が発足しプロ経験者の公式戦出場が認められた。「いろいろありましたけど良かったです」。再び、ボクシングの世界に戻ることになった。

今年8月の道予選で認定王者になり、“2度目の国体代表”に選出。今春には大学院に進学し、サッカー指導者としてもキャリアを積んだ。ボクサーとしては国体での全国制覇を1つの区切りにするつもりだ。戦績は1戦1勝(1KO)。「無敗の王者で終わりますよ」。最後までリングに倒れるつもりはない。【浅水友輝】

◆阿部陽輔(あべ・ようすけ)1990年(平2)5月24日、札幌市生まれ。旭川永山南小3年時にサッカーを始め、GK一筋。旭川永山南中から旭川実高に進学し、3年時に全国高校選手権道予選準優勝。同校2人目のJリーガーとして09年に横浜入団。仙台-JFL金沢(当時)を経て、タイのトライアウト挑戦後の14年2月で現役引退。横浜、仙台で公式戦出場なし。187センチ、89キロ。家族は夫人。血液型O。