元WBA世界スーパーバンタム級王者の久保隼(30=真正)が、ほろ苦い復帰戦勝利に涙を流した。

3-0(78-74、79-73、79-73)の判定で、五十嵐嵩視(トコナメ)を圧倒。それでも「ボクシング人生の中で一番(準備が)良かった。そこから言うと、試合内容に結びつけられていない。自分が情けない」と厳しく自己評価した。観客の前でマイクを握り「今、こんな世の中の流れで時間もお金も割いて来ていただき、ありがとうございました」と口にすると、悔しさから涙があふれた。

17年4月にWBA世界スーパーバンタム級王座を獲得。9月に初防衛戦で敗れた。19年5月にはWBA世界フェザー級タイトルマッチで、王者の徐燦(中国)に6回TKO負け。「やめるつもりだった」という。

転機は2カ月後の7月だった。南京都高(現京都広学館)と東洋大の先輩、村田諒太(帝拳)が世界王座に返り咲いた。その戦いぶりに「やりたい気持ちが出てきた」が、30分後には「やっぱりやめよう」。その時、その時で心が揺れた。秋は介護の仕事に励み、ボクシングと無縁の世界に身を置いた。ある日、施設の職員に声をかけられた。

「久保さん、何でここにいるんですか?」

世界王者としてベルトを巻くことを夢見て、ボクシングに打ち込んでいた日々の価値に気付いた。ベルトを取り出し「犠牲を払ってなりたかったものの形が、これなんだな」と感じた。山下正人会長に思いを伝えると「来年(20年)の秋ぐらいに復帰戦をしよう」と声をかけられた。

1年4カ月ぶりの復帰戦。右のジャブでペースを握り、左のボディーやストレートを効果的に当てた。だが、久保は「もっと左ストレートを当てたかった」と振り返る。元世界3階級王者の長谷川穂積氏らを育ててきた山下会長が、隣でほほえみながら口を開いた。

「倒すと思わせて倒せへんのが、久保のええとこやな」

今後もフェザー級に身を置く久保は「まずは国内にやりたい選手がいる」と明かした。その上で「そこに勝ってからの話ですが、いずれは世界に行きたい」と青写真を描いた。

2階級制覇という目標へ、一段ずつ階段を上がっていく。【松本航】