第2のアスリート人生をスタートさせる。「年俸120円Jリーガー」としてJ3YSCC横浜などでプレーし、昨季限りで現役引退して格闘家へ転向した安彦考真(43)が、16日の格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビューする。15日、前日計量を行い、1発でパスした後に会見を行った安彦は「思いっ切りバチバチにぶつかり合いたい」と決意を語った。

昨年12月の転向宣言後、ジムや自宅でのトレーニングを重ね、今大会のプロデューサーでもある元K-1王者の小比類巻貴之氏(43)のもとでパンチやキック、膝蹴りなどの指導を受けてきた。指導した小比類巻氏も「センスがある。キックはもちろんだが、石の拳みたいなパンチを持っている」と破壊力のある攻撃に太鼓判を押す。練習では前蹴りを強化した。「外からの蹴りは相手も対策をしてくる。(前蹴りは)自然と出る感じで、パンチを警戒している状態では相手にも見えにくいと思う」と明かす。

同大会は、公式大会出場経験がほとんどない、格闘技好きな選手による戦いで、ほとんどが会社経営者。小比類巻氏は「自分で道を切り開いてきた社長さんが仕事以外の部分で必死に戦う姿を見せたい」と話す。敵同士別のグループに分け、別々に合宿を行い、顔合わせはこの日が初めて。「試合まで仲良くしない方が絶対におもしろい」と、素人同士のがむしゃらなぶつかり合いが魅力だという。

安彦の相手は、会社役員でこちらもデビュー戦となる佐々木司(38)。この日の前日会見ではあこがれのタイガーマスクの姿で登場。控えめながら「アピールポイントはスピードとテクニック。弱っちい僕でもしっかり練習すればできるところを見せたい」と闘志を見せた。安彦と対戦希望の選手が多い中、佐々木を相手に決めた小比類巻氏は「強い相手を用意した。どちらが勝つか分からない」と好勝負を期待した。安彦はマスク姿の相手をにらみ付け「まだ顔も見ていない。試合でもヘッドギアで顔が見られない。倒してリング上でマスク剥がしてやろうかと」とあおった。

高3で単身ブラジルに渡るなど、思い立ったらすぐに行動に移すタイプ。「10回の素振りより、1回のバッターボックス」の精神で突き進んできた。03年に一度引退し、コーチや通訳、サッカースクールの運営に携わるなど、多方面で活動。17年に39歳で復帰し、40歳でJ2水戸と年俸0円でのプロ契約を結んだ。その後のYSCC横浜では年俸120円。現在も自らが広告塔となり、個人でスポンサーを獲得して生計を立てている。「自分たちは表現者。お願いしても出られる場所じゃない。お客さんに理解してもらわなければ価値は生まれない」。3月に若手アーティストの展示会に訪れた際に、メッセージ性の強い作品を目の当たりにし、自分の生きざまと重ね合わせたという。

格闘技の魅力を「リミットを外すことができて、納得するまで魂をぶつけられる。サッカーと違って本能のままにぶつかっていける」と話す。いずれはRIZIN出場を夢見る43歳。これまでも他のスポーツ界からの参戦を受け入れてきた榊原CEOも「キックはすごいだろう。強みを生かして第2のチャレンジになれば、ドラマはあるし、多くの共感を得ることができる」と語っており、大みそかのリングに上がる可能性もゼロではない。「人生をかけて戦う。知らない人にも見てもらって、まだ自分にもできることがあるじゃないか、と思ってくれたら」。厳しい練習を重ね、打ち合いへの恐怖感も消えた。さまざまな世界を渡り歩いてきた安彦に怖いものはない。【松熊洋介】

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結ぶも開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退した。