横綱白鵬(30=宮城野)が、立ち合いの変化で大関稀勢の里(28)を下し、1敗を守った。注文相撲での13勝目に場内は失望と怒りの声であふれ、大阪のファンからは「なに考えとんねん」「アホか!」と猛烈なヤジを受けた。2敗をキープした関脇照ノ富士(23)との1差は変わらず、今日千秋楽の日馬富士(30)戦に勝てば、6場所連続34度目の優勝が決まる。

 あまりにも、あっけなかった。注目の立ち合い。軍配が返ると、白鵬は瞬間的に右へと動いた。まさかの変化。右手で軽く脇腹を突くと、稀勢の里は前のめりに手をついた。取組時間は中入り後最短、わずか0・6秒だった。

 1敗を守り、単独トップで千秋楽を迎える貴重な13勝目。この日最多30本の懸賞を右手でわしづかみにしたが、場内は異様な雰囲気に包まれた。期待を裏切られた満員札止め7200人の観客から「え~っ」「あぁ…」と失望のため息が漏れた。それだけでは、収まらない。「なに考えとんねん」「アホか!」「白鵬のアホ!」。強烈な怒りのヤジも飛び出した。

 これまで何度も名勝負を繰り広げた宿敵との50回目の対戦。取り直しとなった先場所の取組を巡って、舌禍騒動を巻き起こした白鵬にとっては、因縁の再戦でもあった。「子供でも分かる」と審判部を痛烈批判した横綱だが、この日の相撲は「子供でも分かる」淡泊な結果となった。

 北の湖理事長(元横綱)は「あれはとっさでしょう。負けられないという気持ちが出たのかな」と横綱の胸中を読んだ。藤島審判長(元大関武双山)も「負ければ並ぶという、勝ちたい気持ちがあったのでしょう」と言いつつ、2場所連続水入りの熱戦となった照ノ富士-逸ノ城戦を引き合いに出し「ああいう相撲があっただけに、余計にあっけなかった」と残念がった。

 12年名古屋場所で、同じような注文相撲で勝った前歴はある。だが、初場所で大鵬を超える33度目の優勝を手にし、前人未到の域に達しただけに、安易に白星を求めるような相撲は、ファンには到底受け入れられない。直後の結びを見終えて花道を戻る際には、明らかに白鵬へと向けられた座布団が2枚飛んだ。大横綱と呼ばれるには、程遠い光景だった。

 支度部屋でカメラマンと接触すると、にらみつける場面もあった。この日も報道陣には背を向け、無言を貫いた。「勝つことが一番と思っているんだろう」と、師匠の宮城野親方(元前頭竹葉山)は話すが、勝って失うものもある。胸中を明かさないまま、34度目の優勝が目前に迫った。【木村有三】

 ◆白鵬の注文相撲 最近では12年名古屋場所14日目の稀勢の里戦。左に飛んだこの一番が、横綱昇進後初めてとされる。「相撲内容に反省する点はあるか」と問われ「そういうものはあります」と話したが、鏡山審判部長(元関脇多賀竜)は「話にならない。興ざめだよ。協会の看板があれでは」とたしなめた。翌日は大関日馬富士との楽日全勝決戦に敗れV逸。大関時代の07年春場所では、13勝2敗で並んだ横綱朝青龍との優勝決定戦で立ち合い、一瞬の変化で0秒3でケリ。「何が何でも勝ちたかった」と取組後に話した。

 ◆初場所13日目の白鵬-稀勢の里戦 勝てば史上最多33度目の優勝が決まる結びの一番。白鵬は立ち合いで左を差し、一気の出足で前に出たが、土俵際で右小手投げを食らい、ほぼ同時に倒れた。軍配は白鵬に上がったが、朝日山審判長(元大関大受)と粂川審判委員(元小結琴稲妻)がともに物言い。稀勢の里の左腕が落ちるのと白鵬の右足が返るのは微妙な差で、協議の末「両者落ちるのが同時とみて取り直し」。取り直しの一番で白鵬は立ち遅れ、途中で体勢を崩しながらも、もろはずで一気に押し倒し。優勝を決めた。

 ◆白鵬の審判批判発言 初場所の一夜明け会見(1月26日)で自ら「疑惑の相撲が1つあるんですよね」と切り出し、13日目の稀勢の里戦の取り直しについて「子供が見ても分かる相撲」「もう少し緊張感を持ってやってもらいたい。ビデオ判定も元お相撲さんでしょう」と注文。「肌の色は関係ないんですよ」などと続けた。北の湖理事長(元横綱)と伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士)が師匠の宮城野親方(元前頭竹葉山)を通じて厳重注意した。