ついに重い扉をこじ開けた。大関琴奨菊(31=佐渡ケ嶽)が豪栄道を突き落として、14勝1敗で悲願の初優勝を果たした。06年初場所の栃東以来10年ぶりの日本出身力士の優勝。31歳11カ月の初優勝は昭和以降年長3位、大関在位26場所は史上最スローだった。32歳の誕生日の30日は、妻祐未さん(29)との結婚式。最高の贈り物となった。3月の春場所(3月13日初日、エディオンアリーナ大阪)が初めての綱とりとなる。

 打ち破ったのは、目の前の豪栄道だけではなかった。日本出身力士が10年間、届かなかった賜杯への重い扉。何よりも、琴奨菊自身の過去の鎖だった。「まだ信じられない。言葉に表せないくらい本当にうれしい。(賜杯は)いろんな思いが詰まった重さでした」。

 歴史を、自分の力で動かした。鋭い出足。がぶる。そして間髪入れない突き落とし。「本当に、よくこの体で戦えたと思います」。しみじみと昔を振り返った。自分を認められずにいた、昨年名古屋場所までを。

 それまで大関23場所で、2桁白星はわずか6度。「ダメ大関」の烙印(らくいん)も押された。名古屋で脱出したかど番も、一時は5勝7敗。場所前に結婚した祐未夫人を苦しませた。

 場所後、1つの動画を紹介された。「鷹の選択」という。タカは40歳で選択する。つめが弱まり、くちばしが曲がり、羽が重くなって飛べなくなる。そのまま死を待つか、それとも苦しい自分探しの旅に出るか。後者を選んだタカは、岩でくちばしをたたき割る。つめをはぎ取る。古い羽を1本ずつむしる。半年後、新しいくちばしが、つめが、羽が生えたタカは新しい姿となって高く羽ばたく-。

 自分が映っていた。馬力を持ち味に大関まで昇進するも、ケガで次第に通じなくなった。「いい時のイメージはきついよ。頭はそれ。でも、現実を見たら、できなくなっていることが多い。なのに力が落ちていると認められない。オレは前者だった」。初めて自分が分かった。「朽ち果てたくない。新しいタカになる」。苦しい旅が始まった。

 ケトルベル、ハンマー投げ、綱引き、タイヤたたき。外見の筋肉を壊し、体幹を鍛える作業が始まった。何度もぶっ倒れた。でも「つらいけど楽しい。できないんじゃなく、受け入れていなかっただけだと分かった」。古いモノが落ちた。

 昨年秋場所5日目。嘉風に敗れた夜、食事後に思い立って、部屋に行った。ハンマーを取り出し、無心でタイヤをたたく。そんな姿は初めてだった。負けても「しょうがない」とあきらめていた姿は消えていた。夜10時。近隣に「うるさい」と怒られるまで続いた。

 心が変わり、体が変わった。そして、結果も変わった。「すべて心だと思う。気持ちがつくれないと、稽古も準備も適当になる」。

 固い決意から半年。モンゴル出身の3横綱全てに勝って、日本出身力士10年ぶりの賜杯を手にした。くちばし、つめ、羽-。琴奨菊は新しい姿となって、高く羽ばたいた。【今村健人】