大相撲で初めて新型コロナウイルス感染が判明していた東京・江東区の高田川部屋の三段目力士、勝武士(しょうぶし、本名末武清孝=すえたけ・きよたか)さんが13日午前0時半、新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全のため都内の病院で死去した。28歳だった。

新型コロナ感染での死者は角界初。国内で20代の死亡は年齢が明らかになっている中では初とみられる。28歳の早すぎる死は、ウイルスの恐ろしさを改めて世間に伝える形となった。

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最高位は三段目11枚目、勝武士さんは持病と付き合いながらの力士人生だった。糖尿病のため、インスリン注射は欠かすことができなかった。16年には取組直前に土俵下の控えで全身が赤らんで手が震え、異例の不戦敗を経験している。糖尿病による低血糖障がいだった。

巡業や花相撲では知られた人気者だった。元気で明るい性格。相撲の所作や禁じ手などを力士2人が面白おかしく実演する「しょっきり」を担当することが多く、ファンを楽しませた。兄弟子で1学年上の前頭竜電とは幼なじみで、山梨・竜王中ではともに柔道部に所属。気心の知れた仲で、付け人を長く務め兄弟子を支えた。

あまりにも早い別れに、周囲も胸を痛めた。竜王中柔道部の恩師、佐々木秀人さん(65)は「ワシより早くいっちゃダメだよ」と、声を震わせながら悲しんだ。中学時代の勝武士さんは稽古熱心で「何事にも一生懸命。体が小さいぶん、人の倍は稽古をしていた」と、170センチに満たない体で奮闘していた教え子を誇る。最後に会ったのは今年の2月だった。山梨県内で行われた竜電の後援会による激励会後に、佐々木さん、竜電、勝武士さんの3人だけで酒を酌み交わした。「そのときも元気だった。そんなにひどい糖尿病ではなかったと聞いていた。本当に残念」と肩を落とした。

09年に現師匠に部屋を譲った先代高田川親方の清水和一さん(75)は、勝武士さんの入門時を知っているだけに「びっくりした。まだ若いのに、考えられない」と驚きを隠せない様子。高田川親方の誘いを受けて入門したため、自身がスカウトした弟子ではなかったが「真面目な子。たまにふざける姿も見せていたけど、仕事に関しては無口で黙々とこなしていた」。丁寧な仕事ぶりを知っていただけに、沈痛な思いを吐露した。【佐藤礼征】

◆勝武士幹士(しょうぶし・かんじ)本名・末武(すえたけ)清孝。1991年(平3)11月4日、山梨・甲府市生まれ。竜王中では柔道部に所属し、中学卒業後に高田川部屋に入門。07年春場所で初土俵を踏んだ。最高位は17年九州場所の東三段目11枚目で、通算79場所で260勝279敗。165センチ、107キロ。得意は突き、押し。