「1年間そういうのが続いているじゃないですか。だから優勝の実感もないですよね」

そう話すのは、大相撲夏場所で優勝争いを演じた平幕の遠藤の師匠、追手風親方(元前頭大翔山)だ。遠藤に優勝の可能性があった同場所千秋楽の23日、電話取材に応じて複雑な心境を明かしていた。

コロナ禍でも本場所を開催し続けている角界では、一定期間を除いて記者の稽古場取材は禁止。これが昨年3月の春場所から続いている。通常なら、場所の佳境になれば優勝争いに絡む力士がいる部屋には連日、多くの記者が朝稽古取材に行く。そこでは師匠への取材も行われ、ネタの“仕込み取材”や確認などの取材の機会となる。しかし、それも今では電話取材に。冒頭のやりとりは、遠藤の優勝に備えて追手風親方の電話取材の最中のことだった。

「タイは準備しましたか?」。優勝力士は千秋楽の日に部屋に戻ると、待ち受けた多くの部屋関係者に囲まれながら、報道陣のカメラの無数のフラッシュを浴びる。その時に大きくて立派なタイを持つ「タイ持ち」をしての記念撮影が定番。師匠にはタイの準備をいつごろしたのか、どれぐらいの大きさなのか、どこの産地のものなのかなどを聞く。追手風親方の答えは「用意してないですよ」。当然用意しているとばかり思っていたために驚いたが、理由を聞くとふに落ちた。

「コロナで結局、写真撮影がないじゃないですか」。新型コロナの影響で報道陣は部屋に行っての取材が禁止されている。優勝した力士がいる部屋にも報道陣は誰も来ず、「タイ持ち」での記念撮影もない。そのため、タイは準備していなかったという。

実は、翔猿が優勝争いを演じた昨年秋場所も、大栄翔が初優勝を果たした初場所も、タイは準備されなかった。それでも部屋関係者からタイが送られてきたというが「撮影も何もやっていない。部屋に記者も入れないし、千秋楽パーティーもできない。本当に部屋の自分たちだけで飯食ったら終わり。1年間そういうのが続いているじゃないですか。パレードもないし、だから優勝の実感もないですよね」。電話口からでも寂しさが伝わってきた。

結局、千秋楽までもつれた優勝争いは、大関返り咲きを果たした照ノ富士の優勝で幕を閉じた。本来なら翌日の各紙朝刊には、部屋での「タイ持ち」などの華々しい写真が載るが、そういった紙面も久しく見ていない。優勝の一夜明け会見では、優勝力士が会見冒頭で「昨日はちょっと飲み過ぎました…」などと、やや顔色を悪くしながら、それでいてうれしそうな表情を浮かべる、という姿も1年以上見ていない。

もちろん新型コロナの感染予防を徹底することは当然であり、理解できる。それでも、追手風親方が口にする寂しさも理解できるし、記者も同じように感じる。

ただ、今は我慢の時。1日でも早く日常が戻ることを祈るばかりだ。【佐々木隆史】