白鵬の元付け人、有沢卓利さん(37、元猛十八)はいまだに引退を信じられない様子だった。「本当に引退なんですか?」。礼儀、立ち居振る舞い、社会人としてのすべてを学んだ。

数年前、名古屋場所を前にして、宿舎に入った時だった。後援会の関係者とゴルフに誘われた白鵬は、有沢さんら付け人とゴルフ場へ向かった。ラウンド後に入浴。横綱の世話をするため付け人は、急いで脱衣所へ向かった時、白鵬に呼び止められた。「風呂おけとイスを整頓してからだ」。ゴルフ場の風呂を使わせてもらっている立場。自分たちが使ったもの以外も整頓して出た。「あの件があって以来、今でもずっときれいにして出る癖がついているんです。来たときよりも美しくじゃないですけど、自然とやりますね」。

付け人として悔やむ出来事もあった。63連勝を止められた10年11月15日。白鵬が飲むミネラルウオーターの銘柄はボルヴィックと決まっていた。しかしその日だけ、「なぜかは覚えていないが」違った銘柄だった。そんなことで勝敗を左右されるわけがないことは分かっている。それでも付け人としての後悔は残ったままだ。

引退時は「俺の付け人をやったんだからどこでも生きて行ける」と声をかけられ号泣した。「付け人をやった人はみんなですけど、引退の時はオーダーメードのスーツを作ってもらいました。その上、義理の母が亡くなった時も花を贈ってくれましたし感謝してもしきれません」。社会に出て取引先の社長にお茶を出した時は「そんな丁寧な振る舞いが自然に出来る人はいない」と褒めちぎられた。

今は鹿児島市内で建築関係の会社で働く。「あいさつ、礼儀、当たり前のことをやっただけで社会に出れば褒められることばかり。横綱ならこの先も必ずいい弟子を育ててくれると思います」。【高橋悟史】

◆猛十八卓(たけとば・たく)1984年(昭59)3月11日、石川県生まれ。最高位は三段目88枚目。14年秋場所を最後に引退。現在は鹿児島市内で建築関係の会社に勤務している。