大相撲で米ハワイ出身の平幕高見山が1972年名古屋場所で外国出身力士初優勝を遂げ、7月の名古屋場所でちょうど50年になる。札幌五輪が行われ、沖縄の日本復帰、日中国交正常化が実現した激動の72年。角界にとっても国際化の一歩を踏み出した転換期だった。

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優勝12度を誇るハワイ出身の武蔵川親方(元横綱武蔵丸)が、自らの経験や今後の角界について語った。

-外国出身力士の初優勝から50年を迎える

「頑張っている人は頑張っているけど、迷惑をかけている人もいっぱいいる。今まで頑張ってきた人たちがいて、見てくれる人がいての大相撲だからね」

-89年に来日。慣れるまでの苦労は

「何しに日本へ来たか。相撲だろう。強くなるために来たんだ。相撲のために日本に来たから、わがままとかはないよ。辞めるという言葉も知らなかった」

-24歳だった大関時代に日本国籍を取得

「大関は日本相撲協会の看板力士だから、協会のルールみたいなものだ。日本の相撲のために頑張ろうということ。これは気持ちの問題だろう」

-稽古熱心で真面目な横綱と定評があった

「相撲だけに集中していけばトラブルはないよ。格好をつけるから問題が起きる。相撲を一生懸命やる。普通にやればうまくいく」

-今後の外国出身力士に向けて

「相撲の文化などをよく理解していかないと。入門前に『こういうものだ』と分かっていないといけない。てんぐになったら駄目だよ」

-今後の角界は

「このままだと100年も持たない。50年くらいで終わるかもしれない。部屋の師匠がちゃんとしないと。相撲をやる子がいなくなってしまう」

◆外国出身力士の活躍 72年の高見山から今年夏場所の照ノ富士までの50年で124回の優勝を達成。計7人の横綱が誕生した。初の横綱は曙で、5年で最高位に立った。武蔵丸はハワイ勢で最多の優勝12回。2000年以降はモンゴル勢の独壇場で、朝青龍は優勝25回、白鵬は史上最多の優勝45回など数々の大記録を樹立。ブルガリア出身の大関琴欧洲やエストニア出身の大関把瑠都など欧州勢の台頭も目立った。