大相撲で米ハワイ出身の平幕高見山が1972年名古屋場所で外国出身力士初優勝を遂げ、7月の名古屋場所でちょうど50年になる。札幌五輪が行われ、沖縄の日本復帰、日中国交正常化が実現した激動の72年。角界にとっても国際化の一歩を踏み出した転換期だった。

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高見山によって始まった大相撲国際化の波は今も続き、日本出身力士たちも激闘を繰り広げてきた。

84年秋場所でハワイ出身の小錦は当時20歳ながら上位陣を次々と破り、200キロを超す巨漢は“黒船襲来”と恐れられた。初対戦の同場所で敗れた横綱千代の富士は小錦のいる高砂部屋へ出稽古を重ね、小さな体で一時代を築いた。

横綱貴乃花は88年春場所初土俵の同期で、外国出身初の横綱となった曙と平成の大相撲ブームをけん引。兄の横綱3代目若乃花、大関魁皇ら人気と実力を兼備した日本出身力士と曙、横綱武蔵丸のハワイ勢による名勝負は今も語り草だ。

2000年代半ばからは日本勢に“冬の時代”が到来。06年初場所の大関栃東以降はモンゴル出身の朝青龍、白鵬の両横綱ら外国勢の優勝独占を許し、16年初場所で大関琴奨菊が10年ぶりに賜杯を抱いて長い空白期間に終止符を打った。

10年九州場所で白鵬の連勝を63で止めるなど、日本出身力士の代表格として立ち向かった二所ノ関親方(元横綱稀勢の里)は「ライバルたちがいたからこそ自分は輝いた」と実感を込めた。

◆外国出身力士の活躍 72年の高見山から今年夏場所の照ノ富士までの50年で124回の優勝を達成。計7人の横綱が誕生した。初の横綱は曙で、5年で最高位に立った。武蔵丸はハワイ勢で最多の優勝12回。2000年以降はモンゴル勢の独壇場で、朝青龍は優勝25回、白鵬は史上最多の優勝45回など数々の大記録を樹立。ブルガリア出身の大関琴欧洲やエストニア出身の大関把瑠都など欧州勢の台頭も目立った。