NHK朝のテレビ小説「あさが来た」で、「商業の街」大阪の礎を築いた功労者の1人、五代友厚がクローズアップされている。「五代さん」はこの22日の放送で亡くなり、番組から消える。ディーン・フジオカ(35)の好演もあって、「五代さまロス」の空虚感が視聴者の間に漂っている、とも。そのフジオカを取材する機会があった。

 薩摩藩士として生まれた五代は渡欧経験があり、維新後は大阪府判事などを歴任。下野して大阪経済界の重鎮となった。当時としては珍しく国際的な感覚の持ち主だったという。

 NHKの佐野元彦プロデューサー(56)が「ひと目見てこの人しかいないと思った」と五代に当て込んでキャスティングしただけに、フジオカ自身も異色の国際派だ。

 18歳で渡米、シアトルの大学を卒業してから香港、台湾、インドネシアと国際的に活動してきた。インタビューの間も言葉の端々から「世界標準」のようなものがのぞいた。

 12年7月、インドネシア出身でオーストラリア育ちのヴァニーナ夫人と結婚。1歳になる二卵性双生児の1男1女がいる。このヴァニーナさんが仲間由紀恵似の美女で、家族の4ショット写真をネット上で見つけたので、「奥様はすごい美人ですね」と率直な感想を伝えた。

 ほおを弛めたフジオカは「いやあ、ありがとうございます。仕事で3、4カ月家(ジャカルタ)を空けると、ホントに会いたくて仕方なくなるんですよ」と、てらい無く愛妻家ぶりを明かした。

 人気上昇中の二枚目俳優となれば、「妻子」の話題に照れたり、ぼかしたり、隠したりしたくなりそうなものだが、そんな日本的なプライベートの「壁」を感じさせない。

 長時間のインタビュー後、小紙カメラマンがさまざまなポーズをしぶとく要求したのだが、笑顔は崩さない。モデル出身らしく次々にポーズを決めてくれた。「香港、台湾、アメリカ…カメラマンには個性的な方が少なくないので、たいていの要求には対応できるんですよ」とマネジャー氏は当たり前のように言う。

 確かに私の経験からいっても、何度か訪れた香港のメディアは容赦がない。比較的行儀よく取材対象の意向をくむ日本と違って、どんどんマイクを突っこみ聞きたいことを聞く。「質問はこの作品のことに限定してください」「プライベートにはタッチしないで」などの条件を前提にした制限付き記者会見などというものはそもそもあり得ない。

 日本の会見に参加した米国や香港の記者が「聞かれたくないなら、最初から会見なんか開かなければいい」と怒ったように言うのを何度か聞いたことがある。それが「世界標準」なのだ。

 高校卒業後の17年間をほぼ海外で過ごしてきたフジオカは、常にそんな緊張感の中で暮らしてきたのだ。

 英語はもちろん、中国語でも広東、北京の双方に通じ、インドネシア語も堪能。語学に通じてはいるもののさまざまな国で撮影スタッフとの間でニュアンスまで伝え合うのは骨の折れる作業だったと思う。

 だから、映画製作や役作りについては常に理路整然と話すのも印象に残った。あうんの呼吸などとは言っていられない。常に明解なやりとりが要求されるのだ。

 良くも悪しくも、フジオカに感じる「違和感」のようなものは、逆の立場から見れば海外の人たちが日本的なやり方に感じる「違和感」の裏返しなのだろう、と思った。【相原斎】