なるほど、こういう演出もあるのだなあ、と思った。

 「殿、利息でござる!」(14日公開)で、映画初出演のフィギュア羽生結弦選手(21)が藩主として登場するシーンだ。居並ぶ庶民たちにとって「殿」は雲上人である。その驚きと畏敬の念が、庶民役の俳優たちと、日頃接点のない「スター選手」との遭遇のインパクトに重なっている。

 実は撮影当日まで、羽生選手の出演はキャストには伏せられていたという。こっそりと撮影現場入りし、衣装さんやメークさんの手で「殿」に成り切った姿でいきなり俳優陣の前に登場したのだから、それは驚くだろう。

 主演の阿部サダヲ(46)は「特別な人にやってもらう、とだけ聞いていたので、『いったい誰が?』と僕らは興味津々だったんです。舞台が仙台藩ということもあってサンドウィッチマンの伊達みきおさんかな、なんて話していたんですよ」と振り返る。

 遠くは伊達政宗の血脈につながる伊達みきおは「いかにも」の候補である。仙台市の出身とはいえ、芸能界とは別次元にいる羽生は想定を超えていた。当時の農民や町民が抱いていた雲上人への素朴な興味、目の前にしたときの眩さ。そんな心の流れまで見事にリンクしているのだ。

 映像には、興奮がそのまま反映され、庶民と殿の距離感が見事なまでに映し出されている。目の不自由な設定の妻夫木聡(35)は、どうしても抑制的に動かなければならなかったはずで、苦労があったとすれば彼の演技だったと思う。

 撮影当日のメーキング映像を見ると、リハーサルのために長廊下を歩いてくる羽生を遠目からのぞき見た瑛太(33)が、口をあんぐりとする様子なども映し出されていて、サプライズ効果の大きさが実感できる。

 「殿-」は「武士の家計簿」(03年、森田芳光監督)でも知られる国際日本文化研究センター准教授、磯田道史さん(45)の原作だ。実話を元に、さびれた宿場町を復興する庶民たちのドラマが描かれる。知恵を絞り、涙ぐましい貯蓄策で横暴なお上に一矢報いる物語である。

 宿場の庶民は自己犠牲をいとわず美しい。その気配り、優しさ、人情にほろりとさせられる。対して代官ら武士の中間層は自己保身にあさましい。その壁を越えて雲上の「殿」に面会するのだから羽生選手が登場する終盤のシーンは文字通りの大団円である。

 そこにサプライズ演出を仕掛けたのだから中村義洋監督(45)はさすがである。実は07年の「アヒルと鴨のコインロッカー」(伊坂幸太郎原作)でも、これに類する手法で「心のあや」を映し出している。

 意味もなく仙台に引っ越してきた主人公。序盤の無気力な感じに浜田岳(27)がはまっていた。昨年、浜田にこのときのことを聞く機会があって、「なるほど」と思い当たるところがあった。

 浜田は「子役で仕事を始めてから9年。中だるみのような時期だったんですね。原作も読んでなかったし。スケジュールに流されてロケバスに乗って、言われるままにやっていた。そんな『浜田岳』が無気力な主人公に奇跡的にシンクロしたんですね」と振り返る。

 当時の浜田の境遇を理解し、その心中をオーディションで見抜き、やる気のなさに決してむち打つことなく、そのまま映し出したわけだ。演技を超えたリアリティーは中村魔術と言っていいかもしれない。現在の浜田の躍進も「アヒルとー」が出発点になっている。

 映画は幕開けからエンドロールまでがすべてだが、その裏にある「なるほど」を知って損はない。【相原斎】