IS(イスラム国)は16年6月にイラクとシリアで電撃的に領域を拡大させ、世界の注目を集めた。「ある人質 生還までの398日」(2月19日)は、ISがまだ知られていなかった13年にカメラマンとしてシリアに入り、人質となったデンマーク青年の過酷な体験を描いている。

当時24歳だったダニエル・リューは体操選手として活躍していたが、脚を痛めて引退を余儀なくされる。カメラに希望を見いだした彼は「戦地で暮らす普通の人々」に目を向け、アフリカ・ソマリアで心温まる写真をものにする。そして次に入ったのがシリアだった。リスクを承知した報道カメラマンというよりは、迷い込んだ純朴な青年というイメージである。

現地のガイドもISの脅威を認識していなかった時期で、ダニエルは危険を察知する間も無く、とらわれの身となり、過酷な環境に放り込まれる。

「ミレニアム ドラゴン・ダトゥーの女」(09年)のニールス・アルデン・オプレヴ監督は、背景説明や周辺状況を極力省き、この青年の視野の中で当時のシリアを描写する。閉塞(へいそく)感や絶望がひしひしと伝わってくる。

ダニエル役のエスベン・スメドはデンマークで数々の賞を得た演技派で、撮影中に2度の8キロ減量に耐える熱演で、飢餓感や絶望を痛いほど体現している。

一方、残された家族は身代金の調達に奔走。テロリストとは交渉しないというデンマーク政府の方針から、こちらの労苦にもひりひりとさせられる。

ダニエルと同房の人質たちは、さまざまな国から来た記者やカメラマンで、母国の方針の違いで、身代金と交換に帰国を許される者と、処刑される者がいる。薄暗い獄中のダニエルの視野にそんな国家間の理不尽が映し出される。

「ジョン」と呼ばれる残虐なIS幹部は英国育ち。虐げられ、殺された同胞への思いを自身の英国での差別体験に重ね、ジハード(聖戦)に込めた自らの屈折を隠そうとしない。取材を重ねたオプレヴ監督は、世界中の対立や憎悪がここに凝縮していると言いたいのだろう。

ダニエル生還までの奇跡の積み重ねが、この映画の見どころと言えるが、唯一頼もしい存在として登場するのが元軍人のプロの交渉人アートゥアだ。デンマークを代表する俳優アナス・W・ベアテルセンが文字通り頼れる「プロ」を好演している。

本音を言えば、この知られざる交渉人の実在と活躍が一番の驚きだった。オプレヴ監督が撮った「ミレニアム-」で言えば、無敵のハッカー、リスベット・サランデルのような存在に映った。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)