コーエン兄弟監督の「ノーカントリー」(07年)は記憶に残る作品だ。ギャングの大金を偶然手にした男を巡る物語で、あっけないほどの暴力描写がかえって怖く、そこにはシニカルな空気が漂った。殺し屋にふんしたハビエル・バルデムは強烈な印象を残した。
21世紀生まれのフレディ・マクドナルド監督が、この作品に着想を得てメガホンを取ったのが「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」(12月19日公開)だ。
スイス山中ののどかな町で母から刺しゅうの店を引き継いだバーバラは、顧客の元に向かう途中で事件現場に遭遇してしまう。
血まみれで倒れる2人の男。その間には白い粉が入った紙袋、拳銃、そして大金入りと思われるトランクが転がっていた。
傾きかけた刺しゅう店を守るため、柄にもなく「危ない金」を横取りしてしまおうか。素直に警察に通報しようか。それとも見て見ぬふりで、そのまま顧客の元へ向かおうか。バーバラは3つの選択肢に思いを巡らせる。
映画はその選択肢の行く末をパラレルに追いながら、それぞれに驚きの結末を用意している。
この映画の元になった短編を19歳の時に製作したマクドナルド監督は、くしくもそれを目にした兄弟監督の兄ジョエル・コーエンに励まされ、この長編映画に着手したのだという。
バーバラに3つのパラレル・ワールドを歩ませるために22回も書き直したという脚本はとことん練られていて、運命の分かれ道とはかくなるものか、と思わせる。
バーバラ役はアイルランド出身で今回初主演のイヴ・コノリー。商売道具の糸を駆使して、さまざまな仕掛けを作り、強敵を撃退する。この「お針子アクション」が最大の見せ場と言っていい。糸の力だけで、人や家具をも動かすシーンが全編ファンタジックな味付けになじんでいる。まるで特殊効果の産物だが、実は美術スタッフが糸の強度だけでリアルに作り上げたものだという。
バーバラの母親は、音声チップを内蔵した「しゃべる刺しゅう」を売りにして一時的に店を流行らせたが、「店を守るのよ」という言葉を残して自殺している。しゃべる刺しゅうと糸だらけの店の重圧に耐えかねているという設定だから、時に弾けがちなバーバラの行動にもうなずける。
町の警察官であり、判事と公証人を兼ねるタフ過ぎる女性エンゲル(K・カラン)、とってもわがままな顧客グレース(キャロライン・グッドオール)、そしてサイコな麻薬組織のボス(ジョン・リンチ)…周囲もまるでお伽噺の悪役のようなキャラクターで飽きさせない。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)




