舞台は90年代のニューヨークだ。トランプ政権への反動で、左派のマムダニ市長が誕生した現状に比べると、かなりおおらかな空気に包まれている。

当時、市内イースト・ビレッジを舞台に長編デビュー作「π」を撮っていたダーレン・アロフスキー監督は「どこかに無邪気さがあった。一番の心配事は2000年問題。(クリントン)大統領は不倫問題で窮地に陥っていたが、ソ連は崩壊して『明確な敵』もいなかった。そしてヒップホップが隆盛してきた…」と振り返る。

「ブラック・スワン」や「ザ・ホエール」で知られるアロフスキー監督が、そんな良き時代を背景に撮ったクライム・アクションが「コート・スティーリング」(1月9日公開)だ。

メジャー・リーグのドラフト候補だったハンク(オースティン・バトラー)は、交通事故の負傷で夢を絶たれニューヨークでバーテンダーをしている。気のいい救命士の恋人イヴォンヌ(ゾーイ・クラヴィッツ)に恵まれ、それなりに平和な毎日だ。ところが、ある日、パンクな隣人ラス(マット・スミス)から飼い猫を預かったことをきっかけに裏社会の大金絡みの事件に巻き込まれてしまう。

ロシア人マフィア、それを上回って凶暴なユダヤ人マフィア、そして油断ならないNY市警の刑事…。彼らから一方的な攻撃を受け、理不尽な状況に陥った元スラッガーの反撃が始まる。

監督にとってはホームグランドのような舞台だからだろう。登場人物たちにリアリティーがある。バーの常連と一見さんたちのやりとりや、さりげなくトラブルを回避する巧みな話術に、ギスギスした今を嫌でも考えさせられる。

これまでの作風からすれば、柄にもないクライム・アクションと思ったが、マフィアの面々の弾けた感じには、まるでガイ・リッチー監督の初期作品に登場したキャラクターのような魅力を感じた。そこに得意なダークな匂いも加わり、グイグイ引き込まれる。

主演バトラーはワイルドな展開にも「エルヴィス」(22年)をほうふつとさせるナィーヴさがにじむ。恋人役のクラヴィッツのくっきりメークに、往年のオードリー・ヘプバーンを思い出す。挫折男にも可能性を見いだす優しさがそんなルックスにマッチしている。

刑事役にオスカー女優のレジーナ・キング、隣人役に英国出身でいかにも英国くさいスミスと登場人物の背景を匂わせるキャスティング。そして帽子とヒゲで表情の見えにくいユダヤ人マフィアコンビにも、「ウルヴァリン:XーMEN ZERO」のリーヴ・シュレイバーと「マーベル/デアデビル」のヴィンセント・ドノフリオと心憎い配役だ。

スカッとする幕切れもいい。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)