年末になって、これぞ、今年のベスト1と言えるミュージカルに出会った。11日に東京・四季劇場「秋」で幕を開けた「ノートルダムの鐘」。フランスの文豪ビクトル・ユゴーの名作をもとに96年に公開された同名アニメ映画のミュージカル版。容姿の醜さゆえに大聖堂に隠れ住む鐘つき男カジモド、彼を守る野心家の聖職者フロロー、戦場帰りの警備隊長フィーバス、3人に思いを寄せられる放浪の民の美しきエスメラルダとの愛憎を描いている。

 「美女と野獣」「ライオンキング」など過去のディズニー作品は、子供も楽しめるハッピーエンドが定番だった。しかし、「ノートルダムの鐘」は違う。エスメラルダに狂い、聖職者の仮面を脱ぎ捨てモンスター化するフロロー、人間としてのプライドを守り、最後まで毅然(きぜん)としたエスメラルダ、守護者であるフロローと愛するエスメラルダとの間にあって戸惑い、最後は愛を貫くカジモド、愛の力で再生するフィーバスと、4人のキャラクターが絡み合いながら、ほろ苦さが残るラストまで、舞台は一気に疾走する。

 「ノートルダムの鐘」は米国内で上演されたが、ブロードウェーでの上演予定はない。アンハッピーな結末、現代の難民、不法移民に通じる放浪の民というマイノリティーに対する偏見や不寛容の危うさを突くメッセージ性など、ファミリー層に受ける内容ではないことがネックになったと思われる。しかし、劇団四季は上演に踏み切った。作品が持つ文学性、ミュージカルとしての質の高さを評価し、ファミリー層は取り込めないかもしれないが、大人の観客は見てくれると信じた。実際、来年6月までの公演のチケットの約9割が売れており、最終的には完売するだろう。

 音楽を担ったアラン・メンケンが来日し、会見で語った言葉が印象的だった。「美女と野獣」「アラジン」「リトルマーメイド」を作曲し、米アカデミー賞を8回も受賞したメンケンは「今まで関わったミュージカルの中で、最も野心的な作品。今の形に満足しているし、誇りに思っている」。百戦錬磨のメンケンにとっても特別な作品だった。さらに「不幸なことに、タイムリーな作品になっている。マイノリティーへの偏見は間違っている。フロローがエスメラルダに罪をかぶせて、憎しみを広めたように、フェイク・ニュースが日常的に流されている。我々クリエイターも、マスコミも、観客も責任あるメッセージを伝えていくことが大切です」と訴えた。不寛容なポピュリズムが世界中にまん延する中、メンケンの作曲家としての答えは「ノートルダムの鐘」の舞台にある。【林尚之】