劇団四季の創立メンバーの俳優日下武史さん(享年86)のしのぶ会が6月28日、「鹿鳴館」「ヴェニスの商人」などで舞台に立った自由劇場で行われた。1953年(昭28)の創立から苦楽を共にした演出家浅利慶太氏、照明家吉井澄雄氏をはじめ、北大路欣也、市村正親ら一般参列者を含めて611人が参列。四季の俳優たちがミュージカル「コーラスライン」の劇中歌「愛した日々に悔いはない」を献歌した後、妻の女優木村不時子さんらが次々と献花し、日下さんと最後の別れをした。

 日下さんは14年の「思い出を売る男」を最後に舞台出演から遠ざかっていたが、四季公演や浅利演出事務所公演にはよく駆けつけていた。今年5月、静養を兼ねて、知人のいるスペイン・マジョルカ島に旅行に出掛けたところ、そこで体調を崩し、5月15日に誤嚥(ごえん)性肺炎で急死した。現地で荼毘(だび)に付された後、帰国していた。

 日下さんは、昨年亡くなった平幹二朗さんとともに、せりふ術では群を抜いていた。明快で、客席にしっかりとせりふを届けられる数少ない俳優の1人だった。四季草創期の61年放送の海外ドラマ「アンタチャブル」でエリオット・ネスの吹き替えを担当するなど、声優としても活躍した。

 参列した市村は四季時代に「エクウス」「M・バタフライ」で共演し、「どちらも僕が全裸になる場面があって、日下さんに全裸を見られています」。四季には約17年在籍し、日下さんにはさまざまな影響を受けた。「演技の技術、テクニックは日下さんから盗ませてもらった。僕がいっぱしの役者でいられるのも、日下さんのおかげです」と感謝した。64年に「シラノ・ド・ベルジュラック」で舞台デビューしてから何度も共演した北大路も「右も左も分からない中で、手取り足取り教えてもらった。本当にありがたい先輩でした」としのんだ。

 60年を超える舞台生活で100以上の役柄を演じてきた。しのぶ会では「鹿鳴館」の影山伯爵、「エクウス」のダイサード、「この生命誰のもの」の早田健、「ヴェニスの商人」のシャイロックなど、日下さんが演じた舞台の音声が流れていた。その声を聞くだけで、舞台の情景が自然と明瞭に浮かんでくる。そして、しのぶ会には市村をはじめ、四季から離れた俳優も数多く参列していた。市村に限らず、それぞれが日下さんと同じ舞台に立つことで多くを学んだという。その舞台が演じる者にとって目標となる、舞台に生きた俳優だった。 【林尚之】