国立劇場で上演中の松本幸四郎の「蝙蝠(こうもり)の安さん」が面白い。喜劇王チャプリンの名作映画「街の灯」を歌舞伎化した作品で、日本での公開前に、あらすじを元に舞台も江戸に置き換えて「蝙蝠の安さん」として歌舞伎として上演されたものを、80年ぶりに再演した。当時は著作権などはいいかげんだったが、今回はチャプリン家から正式な許可を得て、「街の灯」の世界初の舞台化となった。

幸四郎が演じる蝙蝠の安は、愛らしくて、いじらしくて、切ない。「街の灯」の音楽が三味線で演奏されるのもいい。ラスト、盲目だった花売り娘(坂東新悟)が目を見えるようになり、安さんは再会したものの、盲目だった時に助けていたことを明かすことなく、別れていく。花道を去る安さんの姿に、涙を流す観客も多かった。

チャプリンは歌舞伎が好きで、4回来日しているが、その度に歌舞伎を観劇。幸四郎の曽祖父である7代目松本幸四郎、初代中村吉右衛門の舞台を見ている。先日、四男のユージーン・チャプリン氏は今回の舞台を観劇し「映画を日本のカルチャーに移し替えて素晴らしい。完全にフィットしていたのが驚きで、感動的でした」と絶賛。続けて、「父チャプリンの精神が、違うカルチャーに移し変わることで、生きた証拠になる。幸四郎さんは日本のテイストを加えたけれど、チャプリンの精神は生きている」と話すと、幸四郎も「本当にありがたい。外国の作品を歌舞伎にしたという感覚はまったくない」と自信を見せた。

ユージーン氏が「サイレント映画だったので、しゃべるということに、少し心配したんですが、本当にすてきなものでした」と話すと、幸四郎も「サイレント映画なので、セリフを覚える苦労がないのかなと思ったら、たくさんあった」と笑った。

もともとチャプリンのファンという幸四郎は「チャプリンの作品は子供の頃から見ていた。チャプリンが作り、演じた作品を自分が演じることができることが幸せです。夢の夢のようです。『街の灯』は素晴らしい作品で、作っていく中で、とても奥深いものがあることに気が付いた。これからも多く上演される作品となることを目指しています」と再演を誓えば、ユージーン氏も「また再演を希望しています。ぜひヨーロッパでも上演してください」とエールを送った。幸四郎にとって財産演目になる予感がする。

【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)