ピエール瀧容疑者がコカインを使用した疑いで逮捕されたことで、30年くらい前、コカインについて書かれた、かなり興味深いルポ本を読んだことをすぐ思い出してはいた。

柘植久慶氏著「コカイン帝国潜入記」(飛鳥新社)という本なのだが、最近、引っ越しのたびに自宅の蔵書を計数千冊に達するくらい処分しまくっているため、さすがにもう家にはないだろう…と思って、ピエール容疑者逮捕後も特に捜していなかったのだが、さっきふと、数少なくなったわが自宅本棚に並ぶ書籍群を、何の気なしに軽くひっくり返してみたところ、奥の方に奇跡的に残っていたのだ。保存状態も悪くない。

大学生当時、同書を山手線で読み始めて没頭したため、目的駅で降り損ねてもう1周したことを思い出した
大学生当時、同書を山手線で読み始めて没頭したため、目的駅で降り損ねてもう1周したことを思い出した

見ると、90年4月発行になっていたから、正確には29年前か。まず、帯がすごいインパクトで「コロンビアに決死の現地取材」と大きな文字で書かれている。

当時、ペルーやボリビア原産の嗜好品・コカの葉を、コロンビアの麻薬密売組織(カルテル)が精製してコカインにし、米国などに流し、結果的に麻薬中毒者を急増させていたことが大きな国際問題となっていたといい、戦場経験を有しサバイバル本も複数書いている実戦派作家・柘植氏が、そのコロンビアに「潜入」してカルテルに接触、迫真のルポをするという内容だ。

さっそく29年ぶりに再読を開始したところなのだが、冒頭から一気に、ぐいぐいひきつけられた。

同書は柘植氏が、コロンビアの巨大麻薬密売組織「メデジン・カルテル」に到達するルートを見つけるため、米ロサンゼルスに渡るところから始まる。

そして「ゲリラ戦を指導する教官の職を求める元陸軍大尉」というぶっ飛んだふれこみで、メデジン・カルテルにつながるという某コロンビア人に接触し、潜入取材の端緒を得るのだ。

しかも、ロスでそのコロンビア人と接触する際は、なんと、ショルダーバッグやポケットの中に、拳銃に対抗できるよう、硬式野球ボール1個とゴルフボール2個、サバイバルナイフなどを持っていたというから、読んでいるだけで異様に緊張感が高まってくる。

29年ぶりに読んでも、のっけからいきなり面白すぎるため、とまらなくなってきた。本日は午後、別の用事があるため明日以降、残りを読み返すことにしていったん本を閉じたが、この「コカイン帝国潜入記」を当時熟読したためか、政治学の授業かなにかで「コロンビア」や「コカイン」などと聞いた瞬間、「メデジン・カルテル」「カリ・カルテル」「ボゴタ・カルテル」という当時の3大カルテル(=麻薬密売犯罪ネットワーク)や、「ファビオ・オチョア・レストレポ」「パブロ・エスコバル」「ロドリゲス・ガチャ」などといった麻薬組織系大物の名が反射的に出てくるようになってしまった“へんな”大学生だったことを思い出す。

誤解されないよう念押ししておくと、同書はコカインを肯定的に書いている要素は一切なく、南米の精製地に潜入して、コカインの薬理的危険性だけでなく、米国などを弱体化させる負の物質として大きな問題になり、当時のコロンビア政府が巨大カルテル側と“コカイン戦争”を始めるほどの「とんでもなく深刻な薬物」であるという実態を浮かび上がらせた本である。

ピエール瀧容疑者が「コカイン帝国潜入記」を読んだことがあるかは分からないが、同書を読めばとてもじゃないがコカインを始め、違法薬物に手を出そう…などという気は微塵も起きなくなるのが普通だろう。

それはさておき、インターネットも普及していなかった80年代後半~90年代前半ごろにかけてアツかった、柘植氏や落合信彦氏ら超武闘派作家・ジャーナリストによる、この手のハードなノンフィクションは、両氏に比べるとスケールはだいぶ小さいものの、一応“潜入取材”をよく手掛けている筆者にとっても大いに参考になる。【文化社会部・Hデスク】