小学校で担任教師にボコボコにされた。倒れた僕に馬乗りになって尚も殴り続けた。この先公、尋常ではない。理由も大した事じゃなかった。授業中に騒いで邪魔をしたとの理由。多分、積もりに積もっての爆発だったと思うが、どう考えてもやり過ぎだ。さらにその後、放課後まで廊下に立たされた。殴られた痛みより、その屈辱的な仕置きの方が応えた。


■配達中の三河屋さん

昭和三十年代。学校教育はメチャクチャだった。成績は最下位まで廊下に張り出され、悪いことをすれば、クラス全員で人民裁判のような吊し上げの指導をしていた。理不尽は当たり前、自分は偉いと勘違いしている教師は多かった。だから・・・ありのままを気付いてくれる地元の存在は救いだった。

「おい、けん坊。ちぃ~と来い」

肩を落として歩く僕が気になったのか、配達中に通りかかった三河屋のおじさんが声を掛けてきた。

「なんだお前、元気ねぇじゃないか。腹でも壊したか?」

「・・・違う」

「じゃ、どぉした?」

しつこく聞くから、先生に今日も殴られて晒し者にされたコトを話した。

「ふぅ~ん。んで、その先公はぶっ飛ばしたのか?」

「・・・」

「なぁんだ、てめえ根性なしだなぁ。だったら今から行って全員ぶっ殺してこい!」

「そんなこと、出来るわけない」

「そっか。だったらなぁ、今は我慢しろ。ぶっ飛ばせるようになってぶっ飛ばせ」

「・・・」

「じゃ~なッ」

そう言い残し、さっさと軽三輪の煙だけ残して走り去った。滅茶苦茶なこと言っている。でも、落ち込んだ気持ちが少し和らいだ。多分思いつくままの言葉だろうが、「どうしようもないコトで落ち込むな」みたいなことを言ったんだと思う。五区の大人は、出来そこないの気持ちを良く知っている。

今思い起こすと、五区の大人はよく子供に声を掛けてきた。その頃は煩わしかったが、大人になってから「その何げない一言」を幾度となく思い出す場面に遭遇。成る程なぁ~と感じるコトも多い。出来の悪い子にとって、無責任な大人が近く居るのは有難いコトかも知れない。


■映画・釣りバカ日誌

同じモノでも、場所を変えてみると違うモノに見えてくることがある。以前、釣りバカ日誌と言う映画に出ていた。1988年から2009年までの21年間続いた松竹の映画。当時、松竹は2本立て興行で、人気映画「寅さん」の裏映画として制作が始まった。

(絵・中本賢)
(絵・中本賢)

あまり知られていないが、釣りバカ日誌が作られた理由を聞いたことがある。大人気の寅さんだったが、西日本での成績があまり良くなかったらしい。特に大阪。東京下町の人情噺がなかなか受け入れられない。そこで、大阪でもウケる映画を作ろうということになり、釣りバカ日誌の映画化が始まった。したがって、当初から関西ウケが良くなるよう、バカバカしくて面白い映画作りを目指している。

もちろんシリーズ化の予定など無かった。一作目の撮影終了後に打ち上げパーティーをしている。ところが、公開されると評判がいい。特に大阪では、表裏が逆転して釣りバカが寅さんを上回る客入りになったとか・・・そして、翌年からのシリーズ化。全部で20作のロングラン映画となった。


■ファーストシーン

この映画のファーストシーンは印象的。朝、いつものごとく浜ちゃんが寝坊する。慌ててカバンを持ち八郎の船に飛び乗った。会社は日本橋にあり、船で行けば間に合うからだ。羽田の釣り船「八郎丸」は出港し、水路で日本橋を目指すところで、この映画は始まる。

八郎丸が東京湾から墨田川へ入り、さらに日本橋川の合流点に差し掛かる。この合流点では、頭上を通過する首都高速をくぐる場所がある。万年渋滞の悪名高い「箱崎インター」だ。見上げれば、案の定通勤ラッシュの大渋滞。それを見て言う八郎のセリフ。

「陸(おか)を行く奴ぁ~馬鹿よ。」

ガラガラの川の中から、イライラする世間を見上げた台詞だ。全く凄いものだ・・・この映画は、ガラガラのこっちから「そっちのギューギュー」を見る映画だよってコトを、たった一言で伝えている。

浜ちゃんが、ちょっと世間とズレてるおかげで、毎日遅刻せずに出社できている。ズレて見ると、世間の「普通」とやらは滑稽に見えるようだ。見えるのに誰も見ないミステリー・・・多摩川は言うに及ばず、東京はまだまだオモシロイ場所なのである。


■ガサガサ

かれこれ、もう20年位小学校に通っている。「ガサガサ探検隊」。川で魚とりを教えるのだが、どちらかと言うと「一緒に遊んでいる」って感じの方が近い。関わりに立派な理由など無い。面白いから続けている。

とにかく子供がオモシロイ。特に問題を抱えている子供が可愛い。そもそも、勉強が苦手な子は総じて魚獲りが上手い。取れれば自慢げに見せに来る。その得意満面が可愛いのだ。問題を抱えるのは、実は勉強が苦手な子供とは限らない。反対の極端に成績優秀な子供にも多い。どちらも「自分のモノサシ」で生きている。したがって世間と多少ズレている。認められなければ「問題児」と言うことになる。

しかしこのタイプの子たちは、いずれも魚獲りが極端に上手くなる。スイッチが入れば、一生懸命ではなく「夢中」になる。川に出れば一心不乱。魚が獲りたくて仕方ない。ほとんど言うことも聞かず、勝手に工夫を凝らし独創的な手法で魚を獲ったりする。よもや魚が入れば、喜々として僕に駆け寄り報告する・・・もう、可愛くて面白くてしょうがないのだ。

逆に、聞き分けが良くて扱いやすい、いわゆる「いい子」というのは、川に連れて行っても発展が少なく「あぁ~面白かった」で終わってしまうことが多い。

「夢中」は、どんどん魚獲りを上手くする。なにより獲った魚のコトは、勝手に調べ上げ驚くような質問をするようになったりする・・・はてさて、この子たちの何が問題なのだろうか?。許されるのなら、どの子もそのまま弟子にして連れて帰りたいぐらい優秀だ。

この「タモ師」たち。魚がよく取れるのには理由がある。そもそも言うことを聞かないので、決められた場所以外でも魚獲りをし始める。すると、そこへ逃げ込んでいた魚を一網打尽。本人は自分が凄いと勘違いしているが、理由は「言うことを聞かない」に由縁する。

「けんさぁ~ん、獲れたッ!」

タモ網の中で、大きなギンブナがピチピチ跳ねていた。

「凄いなぁ!なかなか獲れない魚だぞッ!弱るから早く逃がしてやれ。」「・・・うん。」

毎回、魚は持ち帰らない約束。よっぽど惜しいのか、魚を網に入れたまま暫く泳がして別れを惜しんでいる・・・気持ちが分かるだけに、もう可愛くて仕方ないのだ。


(絵・中本賢)
(絵・中本賢)

これを20年以上続けている。最近は、かつての子供たちが、今度は父さんやお母さんになってやって来るようになった。会えばどの子も、昔と同じだ。駆け寄り昔話に花を咲かせてくれる・・・どの子も忘れていない。よっぽど楽しかったのだろう。きっとボケ老人になっても忘れないと思う。

残念な事がひとつある。そんな魚獲りが上手い子供たちが、成績で評価されないコトだ。納得がいかない。これも素晴らしい才能だ。国語や算数と同じ様に魚獲りが上手なコトも評価されるべきだと思う。子供の可能性は無限大。次の半世紀で、どんな能力が必要になるのかは誰も知らない。スケボーをオリンピック競技にするのなら、魚獲りも成績として評価してあげて欲しい。ズレてるのは大人社会だと思う。

「陸を行く奴ぁ~馬鹿よ。」

風景も社会もすっかり変わった。すでに僕の息子世代では、「経済」と「豊かさ」がリンクしないことに気が付いている。あれから半世紀。実は、子供は昔も今も変わらない。正直で純粋なのは同じだ。それが、今となれば愛おしく感じるようになった。

ややこしい五区のおじさん達が、煩わしく子供に話し掛けて来た理由も、きっと今の僕と同じだったと思う・・・可愛くてしかたなかった。

願わくば、若魚が川上をスイスイと目指せる社会になって欲しいものだ。【中本賢】