加計学園問題では「総理のご意向」と書かれた文書の内部告発が安倍政権を大きく揺るがしました。組織の不祥事や隠蔽(いんぺい)を明らかにする内部告発。もしこの人がいなければ日本での内部告発は進まなかったかもしれません。

 雪印食品(解散)の牛肉偽装事件で牛肉詰め替えの現場となり、事件を内部告発した西宮冷蔵(兵庫県西宮市)の水谷洋一社長(63)。02年に告発してから今年で15年。資金繰りの悪化、休業、愛娘の自殺未遂…。告発後の人生はあまりにも壮絶です。

 真夏の日差しが照りつける神戸の繁華街・元町。「西宮冷蔵からのお願いです」。赤いTシャツに身を包んだ水谷社長が寄付を呼び掛けながら「食品偽装なんかに負けへんで!」と書かれたチラシを通行人に配っていました。Tシャツの背中にも「負けへんで!西宮冷蔵」の文字があります。月に数回、次女の真麻さん(28)とともに街頭に立っています。

 告発以来「あらゆる社会の理不尽を思い知った」と水谷社長。待っていたのは雪印食品以外の9割の荷主が次々と離れていくという予想外の現実でした。国土交通省からは「偽装に手を貸した」として1週間の業務停止命令を受けました。告発から10カ月後、休業に追い込まれました。「巨大企業に弓を引いたやつはこうなる、という見せしめ。政官財が束になって後ろから攻めてきた」。

 それでも水谷社長は「負けへんで!」と書いたのぼりを掲げ、JR大阪駅前の陸橋でカンパを募りました。消費者運動の関係者らから多くのカンパが寄せられ、04年に営業を再開。しかし14年に再び休業に追い込まれました。2度目の休業では廃業も考えました。

 ただ支援者から直接、励まされた言葉に勇気づけられました。「あなたの内部告発があったから、それ以降の内部告発があります。だから頑張ってほしい」「正直者はバカを見る。正直者こそ、輝いてほしい」。

 いまは2度目の再建に向けて活動を続けています。「後悔はない。割りが合うかどうかは別にして、だれかがこの役回りをやらなあかんかった。いまはそう受け止めている」。

 「後悔」……。もし「後悔」があるとするなら1つだけ。次女真麻さんのことです。中学ではバレーボールに打ち込んでいた真麻さんは私立の中高一貫の高校に進学する予定でした。西宮冷蔵が休業に追い込まれた結果、授業料のメドが立たず、急きょ、公立高校を受験することになりました。

 高校受験は失敗し、高校浪人。翌年に兵庫県内の高校に入学しましたが、バレーボールという大きな目標を失った真麻さんは荒れました。喫煙が見つかり、高校は2カ月で退学処分。自暴自棄になり、精神安定剤を服用するようになりました。

 17歳の夏。14階から飛び降りる自殺未遂。一命はとりとめましたが、脇から下はまひ、両腕だけがなんとか動くという状態。頸椎(けいつい)損傷で脇から下については、回復の見込みはなく、一生、車椅子生活を余儀なくされました。

 「思春期の多感な時期を乗り切るために支えてやることができなかった。それが悔しい」

 告発が家族に大きな影響を及ぼすとは、思ってもみませんでした。口には出しませんが、娘へはいつも「すまん…」と心の中で謝っています。いま水谷社長の生活は重度身体障害者の真麻さんの世話が中心です。ただ試練ばかりではありません。「車椅子を押すことがなければ気づかなかったことがいっぱいあった。180度、モノの見方が変わった」。

 勇気を持って声を上げた者が割を食う…。加計学園などの一連の流れを注意深く見ている水谷社長は言います。「告発したらつぶされる。そんな風潮が強くなってきているように思う」。

 つかの間の息抜きで、好きなサウナに入っているとき、自宅で家事をしているとき、何度も「負けへんで!」とつぶやく水谷社長。「もし生まれ変わって、同じ状況になったら告発しますか?」。直球の質問に「いや、もうようやりませんって!」と苦笑い。もう1度、同じ質問をすると「いや、もうちょっとうまくやるかな」。「負けへんで!」の闘いは続きます。【松浦隆司】

 ※カンパの振込先の問い合わせは西宮冷蔵電話0798・35・1234