歌舞伎俳優市川染五郎(15)が「吉例顔見世大歌舞伎」(26日まで、東京・歌舞伎座)の第4部「義経千本桜 川連法眼館」で、1年ぶりの舞台に立っている。18年1月、祖父松本白鸚(78)父松本幸四郎(47)との高麗屋3代同時襲名をへて、挑戦し続けること、自分こそが染五郎だと証明するという熱い思いを胸に、着実に歩みを続けている。

★悲劇の英雄すごくひかれる

染五郎は「義経千本桜 川連法眼館」で、タイトルロールでもある義経を演じている。気高さと情に厚い大きな人物を表現しなければならない難しさがある。大役だ。今月1日の初日、義経の登場で舞台が華やいだ。15歳の若さで、空気をぐっと引き締められる力を感じた。

「お話を聞いた時は、もちろんうれしかったんですが、プレッシャーや不安が大きかったです。本当に大きなお役ですから。ただ、違う作品(=『勧進帳』)で、義経をさせていただいたことはあったので、その記憶を生かしながらできればと思いました」

上演記録を見ると「-千本桜」で義経を15歳で演じるのはかなり若い方だが、地道な稽古と、体の意識を大事にしている。

「単純なことの積み重ねです。せりふを一言一言落ち着いてはっきり言う、座っている時も胸を張る…そういうことで堂々とした感じが出るのではないかと思います。1つ1つを意識せずにできるところまでもっていきたいです」

変声期をへて、常に課題だという声。舞台ではしっかりとした透明感のある声を聞かせ、はかなく見える気品が義経に重なった。

「悲劇の英雄というか、かっこいいだけじゃなく悲しい。すごくひかれます。歌舞伎でよく取り上げられる人物なので、今までいろいろ調べてきました」

化粧も工夫し、試行錯誤している。

「目頭を長めにシュッと入れると、それだけで大人っぽくなります。化粧はお役の準備をする上で最初の工程なのでとても大事にしています。化粧をしている時以上に集中していることはないかもしれないです」

取材したのは初日の4日前。毎回、公演前は気持ちが体に出てしまうそうだ。

「僕は舞台前は食欲がなくなって眠れないんです。今はその時期です。食べたいんですけど、食べられない。ゼリーなどに頼ってます」

それほどまでにプレッシャーと不安が押し寄せているのをまったく見せず、冷静に話す姿に驚嘆した。

★挑戦し続ける家に生まれた幸せ

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今年春から夏にかけて、相次いで歌舞伎興行が中止、延期になった。

「不安と焦りと悔しさとでいっぱいでした。ただ、舞台がない中で、今まで自分が出た『勧進帳』『連獅子』『龍虎』の映像を見返して、やはり歌舞伎の力を感じました。役者さん、裏方さん、スタッフさん、1人1人のエネルギーが舞台に集まっているのを見て、こんなことで歌舞伎は負けない、ということを確信できました」

父幸四郎が史上初のオンライン歌舞伎「図夢歌舞伎」を始めたことは、歌舞伎界にとっても大きなポイントになった。染五郎も「仮名手本忠臣蔵」に出演した。

「歌舞伎がまたスタート地点に立った、図夢歌舞伎を機にまたスタートしていくのかなと思って、とにかくうれしかったです」

幸四郎は図夢歌舞伎の発案、発信だけでなく、コロナ禍の世相を反映させた新作歌舞伎を作るなど、精力的に活動している。

「父がいつも挑戦をしているのは、一番憧れているところでもあります。父はよく『何ができるかではなく、何がしたいかを考えなさい』と言うんです。父はそれをずっと考えて今まで挑戦してきたんだと思います」

挑戦という言葉が何度も出るのは、挑戦者を身近で見続けてきたからだ。祖父白鸚は歌舞伎だけでなく、ミュージカルや映像の世界でもスター。幸四郎の行動力とアイデアマンぶりは、同輩俳優も舌を巻く。

「自分も挑戦していきたいし、挑戦し続ける家に生まれたのは幸せなことだなと思います」

挑戦したいことを挙げるとなるときりがないそうだが、未来より、足元を見ることに重きを置いている。

「やりたいことはたくさん具体的にあるんですが、実現するのは何十年後になるか分かりませんし、実現しないかもしれない。だから目の前のことを1つ1つやっていくだけです。父は『勧進帳』の弁慶に子供のころから憧れて、『いつかやりたいと思っていたら、40歳になってしまった。すぐにでもやりたいなら、明日できるようにしなければいけない』と言っていました。遠い未来を考えるより、今はいろんなことを吸収し、どんなお役をいただいてもできるよう、勉強する時期だと思っています」

★不安やプレッシャー乗り越え

伏し目がちに語る中、ふと目を上げた時の美しさにハッとする。美少年ぶりが話題になることも多い。

「不思議でしょうがないです。もちろんありがたいんですが、こんなのどこがいいんだろうって思っちゃいます」

自信なさげな面をのぞかせるが、歌舞伎以外でも活躍を始め、アニメ映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」(イシグロキョウヘイ監督、21年6月25日公開)では、声優初挑戦、映画初主演を務めた。

「特に歌舞伎じゃないもののお話をいただいた時は、自分には絶対できないと必ず思ってしまうんです。できないという気持ち、でも届けたいという気持ちがいつも自分の中でせめぎあっています。舞台でも25日間あっという間に終わってしまって、毎回悔しい思いをします。でも、挑戦するには自分の不安やプレッシャーを乗り越えないと」

染五郎は覚えていないそうだが、4歳の時、父に「初舞台を踏みますか」と聞かれ「はい」と答えた。松本金太郎を名乗り初舞台を踏み、役者人生が始まった。芝居はいつも近くにあるものだった。

「気付いたら舞台にいました。子供が仮面ライダーにあこがれる感覚で『連獅子』などを見てたので、本当に気付いたら好きだったという感じです」

4歳の時に受けた質問、今だったら? と聞くと「はい、それはもう」と迷いなく答えた。歌舞伎役者になっていなかったら何になっていただろうか。

「以前は、画家、作曲家と言っていたんです。ただ、歌舞伎の絵ばっかり描いていますし、音楽だって、歌舞伎の魅力の1つ、音楽に囲まれていたから好きになったと思います。そう考えると歌舞伎役者以外にないなと、最近思いました。生まれる前から(天職に)出会っているのかもしれないです」

金太郎から染五郎に名前が変わって2年11カ月。華やかな襲名と同時に、大きな重圧ともがきがある。18年1月掲載の「日曜日のヒーロー」で、父幸四郎は「(染五郎襲名時は)『市川染五郎は僕だ』と叫び続けていた」と振り返っている。染五郎も同じ気持ちを抱いている。

「染五郎としてスタート地点に立っただけで『染五郎0・3%』くらいです。父が染五郎だと思っていらっしゃる方がたくさんいると思うので、自分が染五郎だと証明できるよう挑戦していきたいです」

静かな表情の内に熱い思いを抱え、前を見すえている。【小林千穂】

▼「義経千本桜 川連法眼館」で佐藤忠信、源九郎狐を演じる中村獅童(48)

義経にふさわしく、知的で気品あふれるお姿が印象的です。お稽古中、お父様の幸四郎さんが直接ご指導されていて、しっかりと素直に聞かれていました。心で演じてほしいとの思いで、ある場面で忠信の方をみてください、とお願いしたところ、ご自分で工夫をされて、初日にはきっちりと演じられており、非常にうれしかったです。これからの成長がとても楽しみな役者さんの1人です。

◆市川染五郎(いちかわ・そめごろう)

2005年(平17)3月27日、東京都生まれ。屋号は高麗屋。07年6月、歌舞伎座「侠客春雨傘」の高麗屋齋吉で、本名の藤間齋の名で初お目見え。09年6月、歌舞伎座「門出祝寿連獅子(かどんでいおうことぶきれんじし)」の童後に孫獅子で4代目松本金太郎を名乗り初舞台。18年1、2月歌舞伎座で、8代目市川染五郎襲名。昨年は三谷幸喜作、演出「月光露針路日本 風雲児たち」などに出演。マイケル・ジャクソンの大ファン。173センチ。

◆吉例顔見世大歌舞伎

第1部は市川猿之助らによる「蜘蛛の絲宿直噺(くものいとおよづめばなし)」、第2部は尾上菊五郎らによる「身替座禅」、第3部は松本白鸚らによる「一條大蔵譚 奥殿」、第4部「義経千本桜 川連法眼館」。

(2020年11月8日本紙掲載)