劇団理事で専科スター、轟(とどろき)悠が、16代米大統領リンカーンを演じ、花組公演「For the people-リンカーン 自由を求めた男-」に主演する。史実の写真イメージから、初のあごひげにもこだわった。奴隷解放の父へこん身の役作りに励んでいる。上演中の大阪市のシアター・ドラマシティ公演は23日まで、KAAT神奈川芸術劇場で3月4~10日。

 女子の理想を体現したような麗しいポスターが並ぶ中で、あごひげを着けた轟リンカーンは異彩を放つ。

 「口ひげはありましたけど、あごひげは初めてです。ポスターの時も、もっとボリュームを出そうと言いました。でも、もっと。ただ、顔の表情をすごく動かすので、落ちないように髪の毛の中を通して、工夫をしようと思っています」

 野性味あふれるあごひげと、宝塚の二枚目男役像の葛藤から、ひげのボリュームアップには反対の意見もあった。自らも悩んだ。それでも「やるんだったらきっちりやりたい」との気持ちが抑えられなくなった。

 春日野八千代さん亡き後、劇団102年の象徴でもある“理事スター”が、リアルと宝塚らしさの限界を追求した末のひとつが、あごひげだった。同じ専科の英真なおき演じる盟友の司令官は南北戦争が始まると、故郷に銃は向けられないとして去る。

 「そういったおとこ気場面も多々、あります。ただ、私、ちょうど1年前は『南部のために!』って叫んでいたんです。それが今度は南部と戦うという…」

 轟は一昨年、昨年、月組「風と共に去りぬ」に出演し、当たり役のレット・バトラーを演じた。今度は南北戦争を経て、米国に奴隷解放をもたらしたリンカーン。その反響の大きさも役作りに影響を与えた。

 「劇中では(風共と)北軍の曲は同じ物がありますし、お互い『米国のため』の戦いだった。米国では日系の方向けの新聞に、これ(今公演)が紹介されているそうです。いかに全米で注目されている人物なのかと思います」

 米国で最も有名な大統領の1人。20代の弁護士時代から、暗殺されるまでを演じる。「フォー・ザ・ピープル」。有名な演説場面も、子供から「ひげをはやしたら立派に見える」と言われた逸話場面もある。

 大統領と劇団のリーダー。「向こうは大統領。(比較は)とんでもない」と言いつつも「逆境に立ち向かう気性は、私の中にもあるもの。言葉は悪いですが『くそっ』と台本と戦う気持ちとか」と共感もする。

 雪組時代、当時トップの一路真輝が「この国のために」と発したセリフを「この“組”のために」と聞き間違えたことがあった。

 「あのとき、はっ! って思った。トップとは、組のために自分を犠牲にしなくてはいけない。そのぐらいの気持ちでないと務まらないんだと感じたんです」

 雪組トップ時代には、自分の役作り、仕事を後回しにしてでも、組子の面倒を見、組のためを思って、劇団に意見をしてきた。

 「先輩方の背中を見ながら養われてきたもの。100周年も終わって、102年。お祭り気分があった一方で101年、102年への不安もあった。昨年から今年、劇場公演も好評を頂いていますが、今が踏ん張らないといけない時期。後世に引き継いでいかなきゃいけない。そんな強い気持ちを持っている生徒が多くいると思います」

 轟自身が、現役生に背中を見せていく覚悟に変わりはない。【村上久美子】

 ◆For the people-リンカーン 自由を求めた男-(作・演出=原田諒氏) 「アメリカにおける最も偉大な大統領」として名を残すアメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーンの半生を舞台化。「アメリカをひとつにする」強い信念のもと、奴隷制度の廃止を訴え、その結果、国を二分する南北戦争へと向かわせる。理想の国家を実現する姿を描くミュージカル。

 ☆轟悠(とどろき・ゆう)8月11日、熊本県生まれ。85年「愛あれば命は永遠に」で初舞台。97年雪組トップ。02年に故春日野八千代さんの後継として専科へ、03年から理事。00年「凱旋門」で文化庁芸術祭優秀賞、02年「風と共に去りぬ」で菊田一夫演劇賞を受賞。昨年はギリシャ悲劇「オイディプス王」に主演。趣味は油彩画、デッサン画。168センチ。愛称「トム」「イシサン」。