出版社の校閲部という地味な部署を描いて人気の日本テレビ系連続ドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」(主演石原さとみ、水曜10時)。私もこの作品のファンの1人だが、実際の校閲あるあると照らし合わせてどうなのか。あいにく校閲に“ガール”がいないので、社内の地味にスゴイ人、藤野哲男元校閲部長(校閲歴38年)に聞いてみた。

**********

 -ドラマの感想を。

 藤野 自分のルーキーのころをちょっと思い出した(笑い)。6大学野球の早稲田の寮が「安部寮」なのか「安倍寮」なのか、原稿の事実関係が気になって、休みの日に早稲田まで看板を見に行ったりしたこととか。

 -とはいえ、新聞は出稿から締め切りまで時間がありませんから、ゲラ(試し刷り)を受け取ってから実際の街並みを見に行くなんてことはできませんよね。

 藤野 ドラマだから誇張もあるんだろうが、彼らは家の模型まで作っていて(笑い)、なるほどな、うらやましいなと。「閲」というからには、僕もあのくらい調べて吟味したくなるけど、時間内でできる限りの事実確認をするのが新聞の校閲の醍醐味(だいごみ)なので。

 -事実確認とは具体的にどういうことですか。

 藤野 例えば、相撲の記事で「右からの上手投げ」なら左四つで組んでいるはずで、「右四つ」と書かれているのは矛盾がある。でも、途中で巻き替えたのかもしれないし、本当は「左からの上手投げ」なのかもしれない。いろんな可能性があって、書いた記者に確認するわけ。野球でも、2点入った局面について、原稿はランナー「二、三塁」なのに、カメラマンが送ってきた写真の絵解きは「一、三塁」とか。どっちなんだと(笑い)。

 -読者は気付きますからね。

 藤野 「校閲は最初の読者」というのは、そういう意味ですよね。

 -ドラマでは、編集担当と校閲ガールのバトルがいいテンポですが、実際はどうなんでしょう。

 藤野 そういう意味では校閲って非常に立場が弱い。自分で書いた原稿じゃないから、100%の間違いでない限り、勝手に直しちゃいけないのが原則。誤字脱字、変換ミスなどの赤字はこちらの裁量でバンバン直すけれど、事実関係に関しては、調べた上で「こうじゃないですか?」とアピールするしかない。

 -経験上、校閲が指摘してくることはだいたい正しいです(しみじみ)。誤字脱字、変換ミスなどの赤字の最後のとりででもありますし。

 藤野 いわゆる「校正」ね。原稿が正しく活字化されているかをチェックするのが「校正」、事実関係に間違いがないかを調べるのが「校閲」。どちらも重要です。

 -何度言っても出てくる赤字ってありますよね。

 藤野 やっぱり同音異義語。「衛生」と「衛星」、「確立」と「確率」、「商品」と「賞品」、「使者」と「死者」とか。変換ミス、タッチミスで全然違う意味になっちゃう。「手荒い祝福」が「手洗い祝福」になってたり(苦笑い)。

 -9月の赤字例を見ても、変換ミス多いですね。「番地に戻る」(ベンチに戻る)、「優勝旗を返還する小泉首相」(小泉主将)、「内覧会に酒席」(出席)「万全菜状態」(万全な状態)とか。

 藤野 あと、なぜか多いのが歴代の首相。「鳩山由紀夫」を「鳩山由起夫」、「森喜朗」を「森嘉朗」、「菅直人」を「管直人」とか。2月のキャンプなのに「小春日和」とか、慣用句の間違いもよくある。

 -赤字を出しやすい人の傾向はありますか。

 藤野 原稿用紙に手書きの時代は、字の汚い人がめちゃくちゃ赤字になっちゃう(笑い)。どの部にも、すごい悪筆がいるんですよ。活字をデータ化する入力さんも読めないし、出てきたモニターと原稿を照らし合わせたくても、校閲も読めない(笑い)。パソコン出稿になってからは、出稿前の読み直しをきちんとやることですよね。

 -たいがいの赤字はゲラで直りますが、最終版まで残ってしまう赤字も残念ながらあります。校閲、記者、デスク、レイアウトの面担当、局次長などあらゆる人の目を通ったのに、なんで「15メートルのワカサギ」とか、誰も気付かないんだろうと(苦笑い)。

 藤野 間違えるはずがないという思い込みですよね。意識的にチェックする人名や年齢のほかに、何でもなさそうなところも。「もちろん」が「もろちん」みたいな例も実際あるわけだし(笑い)。1人が3回読むより、別の人に読んでもらう方が効果的。ドラマでも、初稿と二稿で校閲者を替えていましたよね。

 -「大きな文字ほど気付かない」というのも、校閲あるあるですよね。

 藤野 「ホリエモン」という大きな見出しが「ホリモエン」のまま残ってしまったり。配られた地域の読者への申し訳なさに加え、直すために次の版を起こす費用もかかる。表紙の文字でミスをしたヒロインの気持ちはよく分かる。

 -石原さとみちゃんのファッションも話題です。

 藤野 そこは全然興味ない(笑い)。校閲目線では、むしろ石原さんの隣にいる真面目で淡々とした校閲さん(江口のりこ)の方が共感できるんですよね。

【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)