昨年11月に香港で緊急入院した演出家の蜷川幸雄氏(79)が手掛ける、さいたまネクスト・シアター公演「リチャード二世」が来月5日から、さいたま市さいたま芸術劇場で開幕する。今は酸素吸入器を手放せないが、斬新なオープニング演出になるなど、意気盛んだ。来年2月には自分自身を題材にした異色舞台を自ら演出する企画もある。

 蜷川氏は鼻に酸素吸入用チューブを付け、車いすで現れた。声は元気だった。「稽古は全開だからバンバンやっている。でも家に帰ると疲れ果て、昼間のことが夢のように見える。そんな落差の中で戦っている」。

 さいたま芸術劇場で続くシェークスピアシリーズ第30弾。演出ビジョンは明確だ。「今までやったようなものではなく、実験的なイメージの連鎖する作品にしようと思った。オープニングもライバルの王2人が踊るということを決めた」。蜷川氏が率いる高齢者劇団ゴールド・シアターも参加する。「宮廷の話だから、世俗のアカのある人がいいと思った。紋付きはかまの男たち、江戸づまの女たちと、日本的な正装の老人や若者が出てくる。とんでもないリチャードになって、また叱られそうだね」。

 肝臓などの不調が続き、昨年11月、ゴールド・シアター香港公演時にホテルで下血して緊急入院し、チャーター機で帰国した。「体調は良くなかったけど、言えば行くなと言われるので黙っていた。(下血した時は)やったなと思った。搬送された香港の病院が面白かった。黒沢明監督の『どん底』の世界。これは頭に記憶するぞと思った」。危機さえ、血や肉にする。

 10月で80歳になる。生誕80周年を記念して「ハムレット」はロンドンや台湾で公演し「海辺のカフカ」もロンドンやニューヨークなど世界を回る。5月にはロンドンに行く予定だ。「俺は行きたいけど、医者は何が起こるか分からないと止める。俺はいいんだ、何が起こっても。今は(医者と)闘争しているところ」。

 演出家デビュー以来、半世紀近く一線で活躍する。世界でまれな存在だ。「80歳までやっているなんて思わなかった。自分がいいと思っても、ダメになっているかも知れない。ネギをきれいに切ったつもりが、つながっていたというのは嫌だな。ちゃんと切れているか、自己チェックしなくちゃいけない。早くちゃんとしないと、人生の終わりが来るからね」。

 今年は市村正親(66)主演「NINAGAWAマクベス」などがあり、来年2月には何と自分を題材にした舞台を予定している。若手劇作家の藤田貴大氏(29)が蜷川氏に取材して脚本を書き、蜷川氏自ら演出する異色作。「何を書かれようが覚悟は出来ている。老いたダメな演出家にはなりたくない。80歳になると人間としてボケの問題も出てくる。年をとるのはやっかいだよね」。老いにも真正面から向き合う。戦う演出家は健在だ。【林尚之】

 ◆蜷川幸雄(にながわ・ゆきお)1935年(昭10)10月15日、埼玉県生まれ。開成高卒業後、55年に劇団青俳に俳優として入団。69年に演出家デビュー。劇団現代人劇場、桜社を経て74年の日生劇場「ロミオとジュリエット」で商業演劇に進出。現代劇からシェークスピア、ギリシャ悲劇と幅広い作品を手掛け、83年「王女メディア」欧州公演を皮切りに海外に進出。02年英国の名誉大英勲章第3位を授与され、04年に文化功労者、10年に文化勲章。

 ◆「リチャード二世」 ヘンリー・ボリングブルック(後のヘンリー4世)によって退位に導かれるイングランド王リチャード2世のあわれな結末を描いた作品。蜷川氏率いる若手演劇集団ネクスト・シアター公演で、リチャードは内田健司に決まったが、他の役は何人か競わせて決めている。