来年3月31日の放送でテレビ朝日「報道ステーション」を降板することになったキャスター古舘伊知郎氏(61)が24日夕、同局で行われた記者懇談会で心境を語った。

 主な一問一答は以下の通り。

 -(冒頭あいさつ)

 古舘 「報道ステーション」という番組タイトルはしっかり残り、私のみが去るということ。できれば、MCが代わるわけですから、今までの報道ステーションを「報道ステーション エピソード1」、4月からは「フォースの覚醒」とかにと思いますけど(笑い)、番組という有機体は残るということで。テレビ朝日の早河会長に「報道番組で、自由に、あなたの絵をかいて」と言われましたが、やってみたらものすごく不自由な10年間でございました。言っていいことと、悪いことと、大変な綱渡り状態で、一生懸命頑張って参りました。学び舎のテレビ朝日と、視聴者に応えなければならないと思ってやって参りました。10年ひとくくりとして2年前に降板をお願いしましたら、契約があと2年残っているということで。今年の夏に、辞めさせていただきたいと申し上げた。卒業という都合のいい言葉もございますけれども、辞めたくて辞めさせていただくのが正直なところ。

 -不自由な10年間とは具体的にどういう意味か

 古舘 バラエティーやスポーツ実況の放送コードと、報道の放送コードは違いますから。人権を守らなきゃいけないのは当たり前で、視聴者の方も、バラエティーを見るモードと、報道を見るスタンスは全然違う。いろんな不自由はありました。私の未熟なところもございましたけれども、ギリギリやらせていただいた。降板に関するネットのコメントを見ていたら『古舘降板だってさ、やったぜ』というのが印象に残っている(苦笑い)。本当に、誹謗(ひぼう)中傷、批判、つらい時いっぱいありましたけど、テレビ局にあった反響は11年9カ月、1日も欠かさず全部目を通してきた。本当にへこみましたけど、免疫を強くさせていただきました。

 -(元経産官僚の)古賀茂明さんが放送中にコメンテーターを降板の件が、今回の決断と関係があるか

 古舘 古賀さんには本当に感謝しています。番組の中で、ああいう形で見解の相違が出てしまったというのは残念でありましたが、今回の降板とは関係ありません。12年間、謝ったり、訂正したり、いろんなことがありましたから、ひとつひとつの事象が、辞める理由ではない。

 -「新しいジャンルに挑戦したい」とは具体的に

 古舘 別に、新しいジャンルなんてないんですよ。NHKの連ドラ出たこともありますし、テレビ関係でやっていないジャンルはないんです。2020年の東京オリンピックの開会式の実況中継させてもらいたいなあとか、宇宙ステーションから実況中継してみたいなとか、夢想妄想はありますけれども。今は娯楽の方で思い切りしゃべり倒したい。12年間のうっぷんがたまっているので。

 -後任はどういう人が望ましいと思いますか

 古舘 僕には分かりません。どういう判断をテレビ局がするのか。まあ、僕にクセがありましたので、問題発言しない人がいいですね。

 -報道番組のキャスターとは

 古舘 権力に対して警鐘を鳴らす、権力を監視する機関を報道番組は担っている。しかし一方で、民間放送、商業放送、電波事業です。とことん偏って、新聞のように突っ走ることもできない。偏ってはいけないが、まったく純粋な中立公正ということはありえないと思うので、押さえたり出たり、出たり引っ込めたりとやってきました

 -久米宏さんから引き継いだ当時、「いつか違う地平に屹立(きつりつ)したい」と言っていましたが、果たせたか

 古舘 なんとか爪を引っかけて、という思いでやってきた自負も矜持(きょうじ)もございましたが、本当に新たなニュース番組の地平に屹立したかというと、その半ばで私は辞めていくのかなと。もっと向いている仕事をしたい、娯楽に行きたいと言っている人間ですから、僕は本当に向いていたのだろうかという気持ちは正直あります。