市村正親(67)が、92年の初演からエンジニア役で出演するミュージカル「ミス・サイゴン」を10月からの公演で卒業することが17日、分かった。胃がんのため降板した時期もあったが、800回以上も演じた当たり役。作品に対する思い入れも強いが、後進に託す決意を固めた。

 市村が92年から演じたエンジニアは、ベトナム戦争末期、ヒロインの少女キムを助けながら、悲惨な状況からアメリカン・ドリームを求めて米国に渡るため奔走する男だ。ミュージカル経験豊富だったが、最大の当たり役だった。「90年に四季を退団後、初めて得た大役。この役でアメリカン・ドリームをつかんで俳優人生の転機となり、成長もできた。今度は後輩たちにアメリカン・ドリームをつかんでほしいと思った」と、思い出深い役からの卒業を決意した理由を明かした。

 14年7月、「ミス・サイゴン」公演中に胃がんが見つかり、5回出演しただけで降板した。今回は2年ぶり出演となる。「神様が与えてくれたチャンス。20年以上かけて演じてきて、僕のどこを押してもエンジニアみたいになっている。ファイナルとして、こん身の力で演じ切りたい」。

 今回の公演は、2年前にオーディションでエンジニア役に選ばれ、市村の不在をカバーした駒田一(51)と、初参加となるダイアモンド☆ユカイ(53)のトリプルキャスト。駒田は「市村さんはミスター・サイゴン。僕も市村エンジニアのファンだった。前回は記憶がないくらいがむしゃらにやった。市村さんはすごすぎて、まねできない。自分なりのエンジニアに作っていければ」。ユカイは「舞台を見た時、中学でビートルズを聞いた時以来の雷に打たれた気分だった。市村さんは何もしなくてもエンジニア。会った時、『自分のエンジニアを』と言っていただき、気が楽になった」と話す。

 市村は「いろいろなエンジニアがあっていい。駒(田)はドラマチックだし、ユカイさんは雰囲気がいいし、僕に出せないものがある」と期待している。

 エンジニアは笹野高史、橋本さとし、別所哲也、筧利夫も演じたが、上演回数1368回のうち、市村が800回以上演じた。「舞台でやっていて、楽しいのがエンジニア。この舞台に立てて幸せだった。この年齢にしかできないエンジニアを集大成として演じたい」と力を込めて話す。見納めとなる市村エンジニアは10月19日に幕を開ける。【林尚之】

 ◆市村正親(いちむら・まさちか)1949年(昭24)1月28日、埼玉県生まれ。73年に劇団四季「イエス・キリスト=スーパースター」で初舞台。90年の退団後も「ミス・サイゴン」「スウィーニー・トッド」など舞台を中心に活躍。05年に篠原涼子と再婚、2児の父。07年に紫綬褒章。

 ◆「ミス・サイゴン」 ベトナム戦争末期、売春宿で働く少女キムと米兵クリスの悲恋を描く。89年にロンドン、91年にブロードウェーで初演。日本は92年に帝国劇場で初演され、1年半のロングランとなった。今公演は同劇場で10月19日から11月23日まで上演、全国巡演ツアーが来年1月まで続く予定。