ピン芸人ナンバーワンを決めるR-1ぐらんぷり2011で優勝した佐久間一行(39)が、絵本作家になる。4月5日に絵本「ふでばこ君」(幻冬舎)を出版する。ツイッター上につづってきた漫画を1冊にまとめた、800ページ超の大作は、人が人を思う心など、佐久間の人生が投影された1作となった。出版にこぎ着けた裏には、後輩のピース又吉直樹(36)の尽力と、先輩・佐久間への熱い思いがあった。

 「ふでばこ君」は、ふでばこ君、たて長君、はなメガネ君の3人が、文房具を粗末にする文房軍と戦う物語だ。佐久間が、絵本の元となる漫画をツイッターで投稿し始めたのは、15年1月のことだった。

 「ツイッターは基本、1、2行で『お茶飲んでいます』とか『今は取材しています』くらいの、そんなに面白いことを言わなくてもいいものであるんですけど、もともと芸人だからか、ワクワクするものを提供したいと思っちゃう。それで、楽屋にある紙に絵を描いて、写真に撮って、説明なしに4コマ漫画みたいに更新したら面白いかなと思いました。最初、4コマ漫画で終わらせるつもりが、『何ですか、この絵?』『続きが気になる』と反響があり、長めにやっていこうと考えました。15話目くらいまでいった時、しずるの村上純君、ウーマンラッシュアワーの村本大輔君らが拡散してくれました」

 同年8月まで書き続けた漫画は800枚以上に上った。完成した段階で、サバンナの高橋茂雄から「本にした方がいいよ」と勧められ、又吉も「面白い。何なんですか、これは?」と、他の芸人たちに作品を勧めてくれた。芸人になる前から、イラストを書くことには興味があり、当初の予定から大幅に枚数が増え、自然と物語も広がった作品を、佐久間自身、本にしたいと思うようになった。

 所属する吉本興業の出版部門の担当者らに相談し、当たってもらったが、1年近く、なかなか話が決まらなかった。そんなある日、又吉から「佐久間さん、どうなりました?」と声をかけられた。「決まっていないんだよ」と伝えると「じゃ、原稿をください。自分が(出版社に原稿を)持って行きます!!」と言ってくれたという。

 「火花」で15年に芥川賞を受賞するなど、出版業界を知る“先輩”として一肌脱いでくれた又吉の思いを、佐久間は感じていた。「付き合いが長いので性格は知っていますが、何でもかんでもいいと言うわけじゃない。本当に良く思ってくれたから届けたいと思ってくれた。こんな力強い後輩はいない」と感謝した。

 佐久間は、又吉と連絡を取りつつ、出版社へのプレゼン用に30話分の原稿を書き直した。その中、出版への好感触を得た又吉から連絡があり、佐久間は最寄り駅で待ち合わせた。忘れもしない、16年8月22日…その日は、ちょうど台風が関東を直撃し、又吉と最寄り駅で待ち合わせた夜中は、どしゃぶりだった。

 佐久間が原稿の説明をすると、又吉は、持参したリュックサックに、入りきらないくらいの大量の原稿を詰めた。そして「肩がちぎれなければ、持っていきます。任せてください」と言い、暗闇に消えていった。又吉は、その足で幻冬舎に原稿を持ち込んだという。佐久間は「台風の雨の日に、1日でも、ちょっとでも早く、持っていこうという気持ちが、すごくありがたかった」と振り返った。

 「ふでばこ君」は、文房軍が空から地面に落としてくる文房具を、ふでばこ君、たて長君、はなメガネ君が、互いを助け合いながら受け止める場面から始まる。3人がピンチに陥ると、はさみ鳥が空から舞い降りてきて救う。そうした物語を1枚、1枚、ツイッターにアップし続けた佐久間を、又吉をはじめ先輩、後輩の芸人が励まし、助けることで「ふでばこ君」は1冊の絵本となった。

 佐久間は「ふでばこ君が空から落ちていく時、たて長君は助けようと、何の迷いもなく飛び込んでいく。何の勝算もないのに、一生懸命、全力でやっていれば、誰かが声をかけてくれる、来てくれると感じますね」と感慨深げに語った。そうした佐久間の、ひた向きな努力と、仲間を信じる思いが投影された作品だからこそ、「ふでばこ君」は1枚の絵から、1冊の絵本へになったのだろう。

 次回は佐久間が本業のお笑いを含めた創作への思い、そして「ふでばこ君」にも投影した、時代に感じる思いを語る。【村上幸将】

 ◆佐久間一行(さくま・かずゆき)1977年(昭52)9月3日、茨城県水戸市(旧常澄村)生まれ。県立勝田高卒業後、96年に吉本興業の養成所・NSC東京校に2期生として入学。178センチ、68キロ。血液型A。