大阪を拠点に、世界を漂流しながら映画を作り“シネマ・ドリフター”と呼ばれる、リム・カーワイ監督(45)が、最新作「どこでもない、ここしかない」公開中の東京・池袋シネマ・ロサで連日、舞台あいさつに立ち、独特な映画製作の手法を熱く語っている。

「どこでもない、ここしかない」は、スロベニアの首都リュブリャナとマケドニアの地方都市ゴスティヴァルを舞台に、トルコ系マケドニア人のフェルディ・ルッビジとヌーダンの夫婦生活の紆余(うよ)曲折を描く。東欧の景気回復の波を受け、ゲストハウス経営で成功したフェルディは、イスラム教徒ながら知人、旅行者など女性に手当たり次第に声をかけ、遊ぶ一方で妻を放っておく。ヌーダンは、そんな夫を忍耐強く自宅で待ち続けてきたが、自分に向き合おうとしない夫に愛想を尽かして出て行ってしまう。

世界中、どこにでもありそうな普遍的な男女の物語でありながら、男性上位というトルコの男女関係、トルコ系の人々がマイノリティーとして東欧で生きる中での困難、その中でも男女別に結婚式を行う伝統を大切にし続けるなど、異国で生きる意味について考えさせられる物語だ。一方で青い空、真っ赤な夕日など、アドリア海沿岸の美しい風景が印象的な作品だ。

異色なのは、この映画には脚本をはじめスケジュール、シーンごとの人物、衣装、小道具などが細かく書かれた香盤表などが一切存在しないということだ。リム監督は、16年に映画「愛在深秋」を中国全土で商業上映後、バックパッカーの旅に出た。北京からシベリア鉄道に乗って3カ月、旅をする中、バルカン半島を訪れた。そこで民族紛争が多く“欧州の火薬庫”などと呼ばれる一般的なイメージとは正反対に、西欧化と資本主義化が進み、観光地として栄える現実を垣間見て興味を抱き、現地を再訪する理由として、映画を撮ろうと考えたという。

もう1つ異色なのは、キャストも全て現地で普通に生活している一般人や旅人でありながら、ドキュメンタリーではなく、現実を元に、社会、文化的な背景と男女の恋愛を織り交ぜ、監督が物語を作り上げたフィクションだということだ。主人公のフェルディは、リム監督が旅の途中で、リュブリャナで宿泊したゲストハウスの経営者だ。旅から1年後の17年6月、映画を撮ろうとリュブリャナを再訪すると、フェルディは5年間、交際したヌーダンと結婚したばかりだった。同監督は2人の姿を見て「映画を撮れるんじゃないか」とひらめき、フェルディの故郷ゴスティヴァルなどを訪れ、アイデアを練った。

そして同年7月に、フランスに留学中の撮影監督の北原岳志氏、録音技師の山下彩氏、そしてスチルカメラのオーレリアン・バティスティーニ氏を現地に呼び、たった4人で撮影を開始。フェルディとヌーダンの夫婦を軸にしつつも、周囲の人々でも物語を作る構想はあったが、撮影初日にフェルディの強い存在感を感じ、彼1人で長編映画を作ろうと腹を決め、5週間かけて撮影を行った。

「どこでもない、ここしかない」は3日から、池袋シネマ・ロサで16日までの2週間限定で封切られた。初日にはオダギリ・ジョーが駆け付け、リム監督とトークイベントを行った。5日夜は、斎藤工が声優を務めたことで話題の短編アニメ「パカリアン」を製作した、秦俊子監督(33)を招き映画について語り合った。

秦監督は「ドキュメンタリーに近いものを、後から再現したと思ったらフィクション。前半、ドキュメンタリー的に進み、後半が物語というのが、すごく面白い。バルカン半島に数少ないスタッフで行って撮ることなど、リムさんらしさが出ている」と作品を評した。

それに対し、リム監督は「僕はトルコのこともマケドニアのことも分からない」と、アウトサイダーの視点から東欧の現状を切り取って作り上げた映画であると説明。劇中では妻が自宅から出て行き、夫が追い掛ける場面を描いたが「実際はトルコの女性は逃げ出すことはしないし、男性も追いかけない。保守的なトルコの村などでは、恥ずかしい行為とされる。そこはフィクションを作ろうと思って入れた場面」と、あくまでフィクションであることを強調した。【村上幸将】

◆リム・カーウァイ(林家威)1973年、マレーシア生まれ。大阪大基礎工学部電気工学科卒業後、通信業界で働く。その後、中国の北京電影学院監督コースに入学し卒業後、10年に北京で自主製作映画「アフター・オール・ディーズ・イヤーズ」で長編デビュー。同年、香港で「マジック&ロス」、大阪で11年「新世界の夜明け」、13年「恋するミナミ」を製作。作品は世界各国の映画祭をはじめ、東京や大阪、ニューヨークのアート系をはじめとする劇場で特集上映された。今夏、再びバルカン半島へ渡り、セルビア、クロアチア、モンテネグロで長編映画7作目「Somewhen, Somewhere」を手がけるなど国籍や国境にとらわれない作品製作を続ける。現在は、大阪3部作の3作目「Come and Go」を準備中。