ミュージシャン、俳優のピエール瀧被告(52)によるコカイン使用事件。保釈から3週間が経過した今も、薬物は怖い、厳罰に処すべし、復帰は困難などさまざまな意見がメディアを飛び交う。この事件をどう考えるか。長年、薬物依存治療に携わってきた、国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦医師に聞いた。

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-薬物のない社会を作っていかねばならないと改めて感じた

松本氏 ピエール瀧さんを、単に犯罪者、それもものすごい凶悪犯としてバッシングしてませんか。薬物依存は健康問題です。今回の事件をきっかけに、薬物依存は治療可能な個人の健康に関する問題だと知って欲しい。

-薬物使用は法が禁じる犯罪。社会への害悪も大きい

松本氏 薬物や酒、たばこなど精神作用物質の規制は、国によってまちまちです。酒を禁じるイスラム圏、大麻を合法化する欧米の国もあり、各国の文化的、歴史的、政治的な背景によります。近年、著名な医学雑誌に掲載された論文によると、健康被害と社会的害悪を総合して、最も深刻な精神作用物質は、薬物より酒です。私の依存症専門の外来に来る患者で、脳や内臓が最もダメージを受けているのも酒です。飲酒運転や暴力など社会への害悪も大きい。人類は酒との付き合いが長いから、多くの人がたしなむし、程度も分かるので許容されているにすぎない。薬物の弊害を医学的、中立的な視点で考えることも必要です。

-反社会的勢力の資金源になる

松本氏 20世紀初頭の米国、禁酒法の時代、ギャングが酒の密売で巨利をむさぼった。今、中米の薬物密売組織も同様で、もはや政府のコントロールが利かない状況になっています。違法化が反社会的勢力を暗躍させるのです。

-では合法化せよ、と

松本氏 もちろん今の日本で、それは現実的ではない。密輸、密売は規制し、末端の使用は治療、回復を支援する。薬物犯罪は死刑もある中国ですら、自己使用者には治療を優先している。国連やWHO(世界保健機関)は、規制の弊害の方が大きいとまで言い始めていて、使用を「非犯罪化」、つまり違法だが罰せず、支援の対象にせよと訴えている。欧州では非犯罪化により、逆に使用者が減ったという研究結果もある。規制や取り締まりで供給を減らすことも重要だが、依存からの回復を支援し、薬物を欲しがる人を減らす施策も打たねばなりません。日本は供給側の規制は世界トップクラスだが、需要を減らす施策は落第点です。日本の法律、独自性も大切だが、世界的な潮流を踏まえた議論が必要です。【取材・構成=秋山惣一郎】

◆松本俊彦(まつもと・としひこ)1967年(昭42)8月15日、神奈川県小田原市生まれ。精神科医として、薬物やアルコール依存症や自殺などの対策に携わる。国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長、同センター病院薬物依存症センター長を務める。