吉本興業の岡本昭彦社長(52)が22日、都内で、一連の闇営業騒動での混乱について、5時間30分を超える長時間会見を開いた。20日に“クーデター会見”を開いた、雨上がり決死隊宮迫博之(49)とロンドンブーツ1号2号田村亮(47)に全面降伏。契約解消を告げた宮迫と、実質的契約解消状態だった亮の処分撤回を発表した。自身の処分として大崎洋会長(65)とともに1年間50%の減俸処分を受けることを明かしたが、辞任は最後まで否定した。

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パワハラ告発されたが、大崎洋会長、岡本昭彦社長は退陣しなかった。減俸処分だけにとどめた。問題の根源こそ、反社会的勢力から宮迫らが金銭を受け取ったことにあるが、その過程でテレビ局への圧力など独占禁止法違反のおそれが浮上しつつも、世論からの反発がやまない選択肢を選んだ。

大崎会長が世に送り出した“子供”である松本人志の直言を、岡本社長が全面的に受け入れた背景には、大崎-岡本体制と松本との絆にある。大崎会長は80年、東京事務所設立時の社員。初代所長は漫才ブームを仕掛け「ミスター吉本」と呼ばれた木村政雄氏だった。その木村氏は02年に突然退社する。当時は、創業者一族の故林裕章氏が社長で、その後、黒い交際問題に吉本は揺れた。

芸人が個々のつきあいで労働環境改善に努める体質を維持しつつ、反社会的勢力との接触を排除しようと、05年からの吉野伊佐男社長をはさみ、大崎会長は09年に社長に就任した。一連の流れで立場を強めた大崎会長とともに松本は歩み、反社会的勢力にかかわる社員、タレントは消えた。そして「お家騒動」を知らない社員、タレントが増えた。

一方で、現在は、強権発動型の社風が漂い、上層部を恐れる若手がいるのも事実だ。体質改善のため経営陣の一新を求めた加藤浩次の意見も中堅、若手の総意に近い。ただ松本、大崎会長、岡本社長は「お家騒動」を乗り越えた同志で「歴史」「伝統」も知る。体制継続だと、吉本せいがおこした「吉本興業」を存続させる唯一の道に進むことになる。【村上久美子】