300万円で製作されたインディーズ映画ながら、興行収入31億円超と日本映画史に残るヒットを記録した18年の映画「カメラを止めるな!」の公開から1年。上田慎一郎監督(35)の、待望の新作が立て続けに公開される。まずは16日に、「カメ止め」で助監督を務めた中泉裕矢監督(39)とスチール担当の浅沼直也氏(34)と共同監督を務めた「イソップの思うツボ」が公開された。さらに長編第2弾「スペシャルアクターズ」が10月18日に公開される。上田監督が日刊スポーツの取材に応じ、近況と今後を語った。第1回は「人生で1番、きつかった『カメ止め』の重圧」

【取材・構成=村上幸将】

   ◇   ◇   ◇

17年11月に東京・新宿K'sシネマで6日間行った、6回限定のイベント上映で終わるはずだった「カメ止め」は、18年6月23日に同劇場と池袋シネマ・ロサで封切り後、作り手と観客がSNSによる口コミで映画を広げ、全国375館にまで拡大公開された。

ウェブで公開されたスピンオフドラマ「カメラを止めるな! スピンオフ ハリウッド大作戦!」も、劇場公開され、DVD化されるなど“カメ止めフィーバー”は日本の映画史、興業形態の常識すら覆した。

それから数カ月が流れ、上田監督の表情には変化があった。斜め下を見詰める視線には苦悩の色さえ漂っていた。

上田監督 「スペシャルアクターズ」のシナリオが、遅れに遅れました。本当に、想像以上のプレッシャーにさいなまれて。5月15日にからクランクインしたんですけど…脚本の初稿が上がったのが4月15日。1カ月しかないという…ギリギリまで書けなかったですね。一応、プロットが上がっていたので、ロケ地とかは先行で探してくれていたんですけど…製作に奔走していた1カ月半でした。

上田監督は、脚本の執筆に苦心していた4月11日に、「イソップ-」のタイトルを発表する動画を解禁している。物語は、カメだけが友達の内気な女子大生、亀田美羽(石川瑠華)、大人気のタレント家族の娘で恋愛体質の女子大生、兎草早織(井桁弘恵)、復しゅう代行屋父娘として、その日暮らしの生活を送る戌井小柚(紅甘)の3人の少女が登場。一見、甘く切ない青春映画に見えるが、誘拐、裏切り、復しゅうなど予測不能のだましあいバトルロワイヤルに大きく展開していく、エンターテインメント映画だ。

共同監督を務めた2監督とは、15年のオムニバス映画「4/猫 ねこぶんのよん」で各話の監督を担当した気心の知れた間柄で、撮影は18年に9日間で終えた。タイトルを解禁した動画の、和気あいあいとした雰囲気から、執筆の合間の息抜き感すら感じられたが、実際は違ったようだ。

上田監督 いやいやいやいや! 大変でしたよ! 息抜きでは全くないですね。監督が3人いるので、大変さも責任感も全部3分割、楽しさは3倍みたいなところがありました。横並びで相談でき、アイデアを出してくれる人がいる。しかも気心が知れた2人なので、重圧みたいなものが3分割されたところがあるのかも知れないですね。

2月末に都内で行われた「-ハリウッド大作戦!」のイベントでも、プレッシャーにさいなまれていると口走っていた。

上田監督 (プレッシャーに)向かっていき始めていましたね。企画が決まって(脚本の)2稿を書き上げるまでは…何て言うんですかね? 本当に正直、人生で一番、きつい時期やったかもしれないですね。今まで、味わったことのないくらいの。手を動かせば進んでいくものじゃないんで。0から1なので…3日間、頑張っても「ダメだ!」と全てが0、振り出しに戻る時もあるんですよ。やっぱり、想像以上のプレッシャーで、どんな企画を考えても面白いんだろうか? という思考になっちゃっていましたね。壁が高かったので…ね。

考え方を変えて、打開した。

上田監督 「カメ止め」を超えようとしていたんですよ。いや、超えるとかじゃないんだろうな…と思って、ちょっと気が変わりました。プレッシャーに押しつぶされそうになって、っていう自分が「スペシャルアクターズ」の物語と主人公に結構、重要な要素として反映されたんですよね。

上田監督は「カメ止め」ムーブメントの渦中にあった18年末のインタビューの中で、次回作を含めた今後について聞かれた際、笑いながら次のように語った。

上田監督 どんなものを作っても「カメ止め」の方が良かったという人はいると思うし、すごい失敗をしたら、ただの1人の男に戻るかも知れない。でも、そこからまた始めればいい。

その当時、想像だにしなかった重圧に陥っていたと吐露した。

上田監督 (重圧は)想像以上でした。「カメ止め」の取材を受けている時に「次回作のプレッシャーはないんですか?」と聞かれて「そんなに、ない」って言っていたんですけど…いざ、向かってみたら、急にきましたね。「イソップ-」の製作は、まさに「カメ止め」ムーブメントのピークだったので、プレッシャーを感じている暇もなく、いつまでに脚本を書いて、撮影に入るという感じでバババババッと終わっていったんですけど…1回、腰を落ち着けちゃった分、プレッシャーが大挙して押し寄せてきましたね。

「スペシャルアクターズ」の製作中、さいなまれた、人生で感じたことのない重圧を乗り越えられたのは、映画監督で妻の、ふくだみゆき氏と、「カメ止め」の音楽を担当した鈴木伸宏氏の存在だった

上田監督 今回、ふくだが監督補として入って、幼稚園からの幼なじみの鈴木もワークショップから入って、相談、弱音を吐ける人が近くにいたということもありました。心のケア的な部分もありますけど…。スタッフは、ほとんど初めての人だったんですね。今までの僕を見ているデータベースを持っている人が、現場にいるかいないかでは、全然違うなと思ったんですね。僕の過去のデータベースを持っていない人たちじゃ言えない言葉を、言える人がいないとダメだと思いましたね。今回も撮影監督を務めた曽根剛さんは、あうんの呼吸で出来るので。

松竹ブロードキャスティングの深田誠剛プロデューサーが語った、サザンオールスターズの逸話も背中を強く押したという。

上田監督 1回、この企画でいくと決めて、20ページくらい脚本を書いたんですけど「やめます!」とギリギリでやめたことがあったんですね。ワークショップで選んだ俳優15人の前で「今、プレッシャーに押しつぶされそうで…ちょっと1回、書いたけども、これを振り出しに戻して、もう1回、0から企画を考えてみます」と言ったことがありました。3月下旬くらいですね。深田プロデューサーが、その日にサザンオールスターズの話をしてくれたんですよ。桑田佳祐さんは「勝手にシンドバッド」で大ブレークして、相当なプレッシャーに押しつぶされそうになって、ファンの方にそのことを正直に言ったらしいんですよ。2曲目は、あまりヒットしなかったんですって。3曲目の「いとしのエリー」で大ヒットしたと。深田Pは「うちは2曲目になっていいですよ。やりたいことをやってください」と言ってくれたんですよ。それ結構、感動して、これで、またヒットしたら、またこの苦しさが来るんだなと思って…じゃあ、とにかくフラットに、自分が面白いものを黙々と作っていこうと、切り替えてから、ちょっと楽になりましたね。

新作に取り組む中、中泉監督に監督を任せた「カメラを止めるな! スピンオフ ハリウッド大作戦!」が公開された。

上田監督 脚本だけ書いて任せたというのは、初の試みだったんですよね。現場に入ったのも2回…僕がいくと、やりづらいでしょうからね。キャストやスタッフが、中泉さんを見て良いのか、俺を見て良いのか迷うと思ったんですよ。だから、完成品を見るのが、すごく楽しみでしたね。DVD化も結構、早い段階で決まりましたし。ビックリしましたけど…10、20分の短編ではないので、そうなる(DVD化される)ものには、なるだろうな、というのはありましたね。映画を作る気持ちと、変わらない感じでやっていましたね。スタッフ、キャストもみんな「カメ止め」を超えてやるぞ、負けてられないと気合が入っていましたね。仕事って感じじゃない、超えてやってくれているところもありましたね。

次回は、上田監督が「スペシャルアクターズ」の製作で感じた、インディーズとメジャーにおける映画製作の違いについて語る。