宝塚歌劇団出身で、ドラマ「岸辺のアルバム」などで知られる女優八千草薫(やちぐさ・かおる)さん(本名・谷口瞳=たにぐち・ひとみ)が24日午前7時45分、すい臓がんのため都内の病院で亡くなった。88歳だった。かれんで上品な雰囲気で親しまれ、ドラマや舞台で「日本の理想の母」を演じてきた。2月にがんを公表し、治療に専念していた。近親者で密葬を行い、お別れの会の予定はないという。

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八千草さんは今年2月に肝臓がんを公表し、その後は入退院を繰り返した。10月2日、肺に水がたまり、痛みを訴えて入院。病室では元気な様子で、愛犬のヴェルディに会うため、3日ほど帰宅した。

亡くなる前日23日には、八千草さんが「病院の食事はまずい。おいしいものを食べたい」と要望し、お手伝いの人がまつたけご飯と茶わん蒸しを持参し、喜んで食べたという。24日早朝に検診に来た看護師とも「変わったことはないわ」と会話を交わしたが、直後に容体が急変。連絡を受けた所属事務所社長にみとられて、息を引き取った。

28日に親族10人ほどが参列して密葬を行い、荼毘(だび)に付した後に、死亡を公表した。八千草さんの生前の意向で、葬儀は身内だけで行い、お別れの会も行わない。

晩年はがんとの闘いの連続だった。17年春に乳がんが発見され、手術を受けた。しかし、同年12月にも人間ドックですい臓がんと判明し、翌18年1月に7時間に及ぶすい臓の摘出手術を受けた。その後は抗がん剤治療を受けて順調に回復。同年8、9月に舞台「黄昏」に主演し、ドラマ収録にも参加した。しかし、19年1月に熱が出たため、病院で検査を受けたところ肝臓にがんが見つかった。

そのため、4月スタートのテレビ朝日系ドラマ「やすらぎの刻(とき)~道」にヒロインしの役で出演を予定していたが、降板。風吹ジュンに代わった。八千草さんは親交のある倉本聰さんの脚本ということもあって、仕事の続行を希望したが、医師の説得で降板した。ただ、前作「やすらぎの郷」で演じた九条摂子役として前半部分で出演しており、がん公表から3日後に極秘で撮影に参加した。

当時、所属事務所の公式サイトに八千草さんは「体調を整えまして、より一層楽しんでいただける作品に参加できるように帰ってまいります」とコメントし、復帰に前向きだった。2月に「やすらぎの刻」撮影に極秘で参加。トレーナーの愛犬の散歩に後ろからついて行き、世田谷の砧公園を1周し、7000歩も歩いた。5月も理事を務める日本生態系協会の「昆虫の家」除幕式に出席。30度を超える暑さの中、野外で2分間のスピーチを行い、これが最後の公の場となった。

47年に宝塚歌劇団に入団し、美貌の娘役として活躍。映画「乱菊物語」で出会った19歳年上の谷口千吉監督と、退団直後の57年に結婚した。2度の離婚歴がある谷口監督との結婚に周囲は反対したが、恋を貫き通した。子供に恵まれなかったが、ドラマ「俺たちの旅」などで理想の母親を、晩年は映画「くじけないで」で理想のおばあさんを演じた。愛らしい清純派から優しい母、理想のおばあさんと、昭和・平成に年齢を重ねながら、芸域を広げた。晩年までかわいさと上品さを失わない、稀有(けう)な名女優が令和に旅立った。