女優木下渓(14)が公開中の映画「滑走路」でメインキャストの1人に抜てきされた。幼なじみをかばっていじめの標的になってしまった学級委員長(寄川歌太=16)と心を通わせる、中学2年生の天野役。木下と大庭功睦(のりちか)監督(42)に話を聞いた。

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原作は17年に亡くなった歌人萩原慎一郎さん(享年32)のベストセラー歌集「滑走路」。中学生のいじめ、キャリアと夫との不和に悩む女性(水川あさみ)、雇用問題に立ち向かう若手官僚(浅香航大)の3世代の悩みがテーマ。それぞれの世代の悩みが、おおきなうねりとなってつながっている。

大庭監督は「元々は埼玉県とKADOKAWAで映画を作ろうということで、選ばれたのが原作の歌集。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭に縁のある監督に企画を書かせて採用されたのが僕でした」と説明する。

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭は、次世代映画産業の発展と映像クリエーターの発掘を目的に04年から開催。大庭監督は自主制作した映画「キュクロプス」が18年の同映画祭で上映されて大きな注目を集めた。

「歌集の中の歌で、一番好きな歌って人それぞれ違うんですよね。僕も、寄川君も、渓チャンも。それを投影させながら呼んでいくと、多様性を群像という形にすれば、歌集をフィーチャーできるかなと」。

中学生、若手官僚、主婦…10代、20代、30代といった世代の中で、10代の中学2年生、天野役にオーディションで抜てきされたのが木下だ。

大庭監督は「オーディションというのは、ちょっと玉石混交というところがある。基礎から始めなくてという人もいるから、ちょっとうまくても、すごくうまく見える時がある、相対的に。でも、渓ちゃんも、たたずまいが役そのものに成りきっていた。体全体を使って芝居をすることが、ものすごく自然にできていた。『この子は、うまい下手じゃなくて、生まれながらの俳優』。そういう素質を感じた。最後に選ばれるかはともかく、1次のオーディションで200人くらいの中で、必ず最終に残ると思いました」と振り返った。

オーディションに木下は、体調を崩して声をからしたまま参加した。

「必ず『決まる!』という気持ちで参加したんですが、緊張で風邪をひいてガラガラ声でした」。

大庭監督は「それがよかった(笑い)。『地声じゃないよね』って聞いたら『そうっすね』って大物感がありました。第一印象で決めていました」。

今月20日の公開から、ネット上には数多くのレビューが寄せられている。

木下は「多くの方に見てもらいたい思いがあったので、意見を書いてもらえるのはうれしいですね。自分の『滑走路』をこう見てもらいたいっていうのが、伝わっていたのがよかったなと思いました」。

ネットには称賛だけじゃない、時にはいわれなき誹謗(ひぼう)中傷がよせられる時がある。

大庭監督は「ガンガン見てます。全部見てます。世の中で一番見ていると思います。たまに、頭にきたり、『こいつ、何も分かってないな』と思うこともいっぱいあるんですけど、それも含めて受け止めないと。いい意見ばかり聞いているよりもね。学校のテストをやっているわけじゃないですからね。『ここが悪かった』『全然、分からなかった』という意見も、映画を見る現象の1つですから」。

「滑走路」には、さまざまな世代の俳優が出演した。

大庭監督は「その世代を生きている人にしか分からないものがある。(10代の)渓ちゃんや寄川君が感じているものを、純粋にすくい取っていくことだなと思った。それをできる子供たちが能力を発揮してくれた。大人パートは、僕も3歳の息子がいるので、子供を持つ親の気持ちとか、社会のしがらみの苦しさは分かる。そういうコミュニケーションは充実していました」。

木下は「寄川さんは先輩なので、演じる上で勉強になることが多かった。自分は演技に関しては優柔不断なところがあるので、真面目でかっこいいなと思いました」。

映画の題名の「滑走路」は、生きていく上での苦しみ、悩みはやがて大きく飛躍するための助走を意味する。それは後になって、気が付くことがある。

木下は「この作品を見て、自分の『滑走路』というのは、いつ来るか分からないんだなと。でも、立ち直れなくて悩んでいても、いつかそれが自分の『滑走路』だったんだなと思うことがあるんだと。自分も『滑走路』を作れたらなと思います」。

子供には未来がある。大人たちの悩みは、より深刻だ。

「大人のパートは、難しいなと思いました。自分もいつか大人になって、そういう気持ちになるのかなと思って見たら、ちょっと怖いなと感じました」。

Sano Ibuki(23)が歌う主題歌「紙飛行機」のMVでは、ダンスやギターを披露している。

「ギターは大好きなんですが、自分の好きな曲を弾くくらいでした。『紙飛行機』はむずかしかったけど、好きな曲なのでうれしかったです。君飛行機を飛ばすジャケット写真ではあって“手タレ”デビューしました」と笑った。

大庭監督にとって「滑走路」が商業映画デビュー。10年に「ノラ」、18年に「キュクロプス」を監督しているが自主制作。「シン・ゴジラ」「未成年だけどコドモじゃない」などの助監督を務め、昨年はフジテレビの西谷弘ゼネラルディレクターが監督を務めた「マチネの終わりに」の監督助手を務めた。

「普段は映画の助監督。西谷組の助監督として、次の作品の準備をしています」。

ネットの発達によって、映画も配信で見られる機会が増えた。映画とドラマの境界線が曖昧になってきた。

「多様性が広がるという意味ではいい。だけど、暗闇の中で、不特定多数が集まって、同じ巨大スクリーンを見つめて、大音響で没入感を持って、映画に接するというのは特別な体験だと思う。だから映画はなくならないと思うんですが、あまり商業主義に走りすぎて、映画の多様性が失われるのは危惧しなきゃいけない。でも、配信でもネットフリックスなんかは作品主義の素晴らしい作品を作っている」。

次の監督作品は、まだ決まっていない。

「何もないです。取りあえず、日々食べていくので助監督業に戻ります。また、チャンスをもらってな、渓ちゃんとな、一緒に映画作りたいな」と呼びかけた。

「はい!」。14歳の木下の笑顔が弾けた。【小谷野俊哉】

 

◆木下渓(きのした・けい)2006年(平18)5月28日、神奈川県生まれ。17年所属事務所のオーディションに合格。CM出演やモデルをこなし、19年映画「鈍色のキヲク」で女優デビュー。同年映画「世界から希望が消えたなら。」でトルコのアンタキヤ映画祭で最優秀女優賞。20年舞台「ロミオとジュリエット」、NHK「太陽の子」。趣味はギターの練習、歌、おしゃべり、絵を描くこと。154センチ。

◆大庭功睦(おおば・のりちか)1978年(昭53)、福岡県岡垣町生まれ。01年熊本大文学卒業後、日本映画学校(現・日本映画大学)に入学して04年に卒業。卒業後は西谷弘監督の作品を中心に映画、ドラマの助監督を務める。監督は10年「ノラ」、19年「キュクロプス」を自主制作。「キュクロプス」は「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018」でシネガーアワードと北海道知事賞をダブル受賞。助監督は16年「シン・ゴジラ」「太陽」、17年「未成年だけどコドモじゃない」、19年「ヒキタさん!ご懐妊ですよ」。18年「マチネの終わりに」の監督助手。

◆木下渓(きのした・けい)2006年(平18)5月28日、神奈川県生まれ。17年所属事務所のオーディションに合格。CM出演やモデルをこなし、19年映画「鈍色のキヲク」で女優デビュー。同年映画「世界から希望が消えたなら。」でトルコのアンタキア映画祭で最優秀女優賞。20年舞台「ロミオとジュリエット」、NHK「太陽の子」。趣味はギターの練習、歌、おしゃべり、絵を描くこと。154センチ。

◆大庭功睦(おおば・のりちか)1978年(昭53)、福岡県岡垣町生まれ。01年熊本大文学卒業後、日本映画学校(現・日本映画大学)に入学して04年に卒業。卒業後は西谷弘監督の作品を中心に映画、ドラマの助監督を務める。監督は10年「ノラ」、19年「キュクロプス」を自主制作。「キュクロプス」は「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018」でシネガーアワードと北海道知事賞をダブル受賞。助監督は16年「シン・ゴジラ」「太陽」、17年「未成年だけどコドモじゃない」、19年「ヒキタさん!ご懐妊ですよ」。19年「マチネの終わりに」の監督助手。