いきものがかりが11日、横浜アリーナで全国ツアー最終公演を行った。今月2日に、ギター山下穂尊(38)がバンドを離れることを発表しており、この日が3人体制でのラストライブとなった。

今回のツアーは、19年のファンクラブツアー以来の有観客ライブだった。ステージに登場した水野良樹(38)が「久しぶりに皆さんの前でのライブツアーです」と話しながら「なのですが…。山下、抜けるってよ」と明るく報告した。山下は「お騒がせしてすいません。でも、何年も考えてきたことです。今日はいつも通り、盛り上がっていきましょう」と話して、ライブをスタートさせた。「じょいふる」「風が吹いている」など20曲を披露して5000人を魅了した。

2日に、公式ホームページで山下がバンドを離れることを発表した。17~18年に放牧(活動休止)期間を設け、さらに昨年春には所属事務所から独立したが、その中で音楽やグループに対する思いが「少しずつ違うものになってきました」とし、水野と吉岡は「メンバーから“友人”に戻る。悲しくないと言ったらうそになりますが、僕ら3人は、これがもっとも僕ららしい選択」と理解を求めていた。

この日も「YELL」を歌う場面では、吉岡聖恵(37)がサビ歌詞を用いて「サヨナラは悲しい言葉じゃない、と思います」と話すなど、明るく節目を迎えた。くしくも3人体制最後のステージは、神奈川出身の3人にとって、デビュー前から憧れた横浜アリーナ。水野は「何の因果だろうね」と感慨深げに話し、路上ライブを始めた当時の日記を「ほっち(山下)にあげる」と手渡す場面もあった。

今後、山下は作曲や執筆などの創作活動を行っていくが、所属事務所も離れ、芸能活動からも退く。いきものがかりは、水野と吉岡の2人体制で活動していく。吉岡は「この3人だから、ファンの皆さん、スタッフの皆さんがいるから、今日このステージに立てていると思います。だからこそ、今日の『夏・コイ』も『コイスルオトメ』も最高でした。今以上に、いきものがかりは、山下穂尊は、水野良樹は、吉岡聖恵は輝いていきたいと思います」と話した。

山下は「横浜アリーナに立てていることが1つ、あの頃の目標とか、夢がかなうと実感した15年でした。路上から始まって、1つ1つが奇跡で…。幸せに感じています。今日も『犠牲』という言葉を思い浮かべました。楽しいこと、自分がやりたいことを選択してやっていくんですけど、俺がここを去っていくのも1つの『犠牲』、皆さんもここに、時間とか何かを『犠牲』にして来てくれたと思うんです。僕はある1つの『犠牲』を払って、新しい世界に飛び立っていきます。今日来ていただいている、配信を見てくれているあなた、これからも温かく見守っていただけるとうれしいです。そして何より、新生いきものががかりの2人を温かく見守ってください。(デビューして)15年、(結成して)22年、ありがとうございました」とあいさつした。

水野と山下が小1で「生き物係」だったことから全てが始まった。水野は「吉岡が途中で入ってくれてここまで来られたけど、それより前からずっと一緒にいろいろな景色を見てきた人がいなくなるのはすごく寂しい」と男泣き。デビュー時のキャッチフレーズは「泣き笑いせつなポップ3人組」。水野は「こんなにこの言葉を体現することになるとは思わなかった。今日からもっと楽しくなるように(吉岡と)2人で頑張っていきますし、3人で今日この日を迎えられて良かったとずっと言い続けられるようにしていきます」。ダブルアンコールで最後に歌ったのは、メジャーデビュー曲「SAKURA」。吉岡も目を潤ませた。水野は「これからも3人をよろしくお願いします!」。最後はファンと「一本締め」して、3人体制最後のライブを終えた。

<いきものがかりアラカルト>

▼3人組 ボーカル吉岡聖恵(よしおか・きよえ=37)ギター水野良樹(みずの・よしき=38)ギター&ハーモニカ山下穂尊(やました・ほたか=38)。水野と山下は神奈川・海老名出身、吉岡は厚木出身

▼由来 水野と山下が小1の時に金魚にえさをあげる「生き物係」だったことから。現在の公式ファンクラブ名は「いきものがかりファンクラス1年2組」

▼結成・デビュー 99年11月、2人の同級生の1歳下の妹・吉岡が加わり結成。神奈川県内で路上ライブ活動を続け03年インディーズデビュー、06年3月「SAKURA」でメジャーデビュー

▼楽曲 シングル33枚、配信8曲、アルバム11枚(ベスト盤含む)。代表曲は「YELL」「ありがとう」「じょいふる」「風が吹いている」など

▼NHK紅白歌合戦 08年からの9回連続含め11回出場

▼放牧 17年1月に「放牧宣言」し一時活動休止。18年11月に「集牧宣言」し再開