日本全国の朝に半年間、喜びと感動を送り続けてきたNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」(月~土曜午前8時)が8日、最終回を迎えた。安子役の上白石萌音、るい役の深津絵里、ひなた役の川栄李奈3人のヒロインが、3世代をリレーで演じて昭和、平成、令和を生きた、100年の家族を描いた。

朝ドラでは例のない、そうした物語の構成、設定という部分を抜きに、3世代のヒロインの中軸としての存在感を発揮したのは、深津だろう。

るいは、和菓子店「たちばな」の再建を目指した際、自らを雉真(きじま)の家に置いていった母安子に対して、わだかまりを持つ。母の決断は、額につけてしまった傷を治したいなど、娘の幸せを願っての苦渋の選択ではあったが、幼いるいは誤解し、再会した安子に「二度と会いとうない」と言った後、額の傷を見せ「I hate you(私はあなたを憎んでいる)」と言い放つ。

それを機に、安子は自らの前から姿を消してしまう。一連の流れは、昨年末に放送された第8週までに描かれた。

4月4日から放送された最終週の2日目、5日に放送された第109話の中で、ひなたが勤務する「条映」の映画村に、米ハリウッド映画「サムライ・ベースボール」の日本人俳優オーディションに訪れた、キャスティングディレクターのアニー・ヒラカワ(森山良子)が、安子だったことが明らかになる。

ラジオ番組の中で「当たり前の暮らしがしたかっただけじゃのに」「じゃけど、私は、もう、向き合うことが出来なんだ。ただ、消えてしまいてって思って…るいの前から消えることが、るいにしてやれる、たった1つの終わり方で」と過去を告白した安子の言葉を聞き、るいは涙する。

画面にアップになった、るいの瞳の奥から、自らの額に傷について触れた安子の言葉を聞いた途端、涙が一気に湧き出てきたのが見ていて、すぐに分かった。顔が小刻みに揺れ、鼻の先から顔全体へと紅潮していった。

映画やドラマを取材する中で「俳優は役を生きる」という言葉が、よく出てくるが、その言葉を文字どおり体現した、このシーンが日本全国の朝、お茶の間に流れるのは、何と幸せなことだろう…。

そんなことを思う中で、自然と手は過去の取材ノートに伸び、以前、インタビューした際の深津の言葉に立ち返っていた。

今から7年前の15年4月。記者は映画「寄生獣 完結編」(山崎貴監督)公開前の深津に単独でインタビューした。劇中では、人間に寄生するパラサイトという、人間以外の役に初めて挑戦。人間を食べるだけでなく、実験として人間の子を出産する…つまり、「カムカムエヴリバディ」同様、演じたのは母親役だった。

取材のテーマは、転機となる作品を経て、女優業、人生観を語ってもらう、というものだった。

06年に映画「博士の愛した数式」で母を演じてはいたが、出産した母を演じたのは初めてで、劇中には授乳シーンもあった。そのことについて聞くと、深津は「普通に撮った」としか語らなかった。

ただ、取材前に製作関係者から、深津が授乳シーンを演じる前に、自らの左胸部に共演した赤ちゃんの実母の母乳を塗って撮影に臨んだと聞いていた。そのことを当てると、次のように答えた。

「どれほどのことを、自分がやっているか分からないですけど、キャラクターがウソに見えないといいな、といつも思います。本当に自分は不器用だから、そういうのが、すぐばれちゃうんですよね、きっと。自分を(役の)環境に置いていないとできない。本当に頼りない存在なんです」

役を生きるために、自らを、その環境に落とし込むことに全力を注ぐ…そういう姿勢を「女優道」と評する声は多い。そのことを当てると、淡々とした様子で、次のように返してきた。

「女優とは何なんですかね? 自分が女優だっていう意識が、ないですね。女優だと言うのも、恥ずかしいというか。人間って何なんだろうと深く感じないように、女優って何だろうって考えたことがない。これから考えます。年代的にも、違う役に出会えると思うので。きっとおばあちゃんになってから『自分がやってたことって、何だったんだろう』と、ゆっくり考えるのかな」

「カムカムエヴリバディ」では、深津はまさに、おばあちゃんになった、るいまで演じた。その姿を見て、インタビュー時に語っていた別の言葉を思い出した。

「10、20代の頃に、自分が40歳まで女優をやろうとか決めていなかったですし。今、40代ですけど、おばあちゃんになるまで私はやる、という風に深くは考えていない。『一生やります』って思って、やってきたわけじゃないから。作品が舞い込んでくるのも出会い。『この役は、やってほしい』と思ってもらえるためには、ベストを尽くした取り組みを続けることが全て。一瞬一瞬、生きることしかできないから…。格好良く聞こえると嫌ですけど、今までそうだったから、そうやって生きていくんだろうなと思います」

深津には、主演映画「岸辺の旅」(黒沢清監督)が、カンヌ映画祭ある視点部門に出品され、監督賞を受賞した際、現地のフランスで浅野忠信と対談してもらったことがある。

ただ、1対1で語り合った機会は7年前以来ない。るいの瞳からこぼれ落ちる涙と、震える唇…。るいとして生きている姿を、テレビを通して見ているだけで、7年前に聞いた言葉と思いのまま、きっと深津は生き、演じ続けてきた。それが、今回の、るいだったのだろうと得心した。

「カムカムエヴリバディ」最終回放送後、番組公式ツイッターにアップされた、深津のコメント「私たちの100年の物語はこれでおしまい」を読んで、1つ、区切りをつけたのだろうと感じた。

作品で一瞬、一瞬を生きるからこそ、また次の作品で一瞬、一瞬を生きるために全力を注ぐ。その考え方も、7年前に取材した時と一切、変わってないのだろう。一方で「またお会いできる日まで…I LOVE YOU」と「カムカムエヴリバディ」の今後に期待を含ませたコメントも、つづっている。

あらためて、深津に今、話を聞いてみたい思いで、いっぱいだ。「カムカムエヴリバディ」撮影中に、何を思い、何を感じて演じていたのか…そして、この先、何を思って演じ、生きていくのか。

「私は、何も変わっていませんから…言うことは同じですよ」

そう、一言で返されてしまうかも知れない。でも、今、深津の言葉を聞いてみたい。朝から、胸いっぱいの感動をもらった、1人の人間として。【村上幸将】