還暦を迎えた、是枝裕和監督が走り続けている。18日に、17年のTBS系ドラマ「カルテット」、21年の映画「花束みたいな恋をした」などで知られる、脚本家の坂元裕二氏(55)と初タッグを組み、日本映画としては3作ぶりの新作「怪物」を製作したと発表した。同監督は自ら脚本も執筆するのが映画製作の基本スタンスで、外部の脚本家とタッグを組むのは、95年の映画監督デビュー作「幻の光」以来28年ぶりとなる。

是枝監督が、新作に取り組んでいることは知っていた。そろそろ、発表か…と思っていた中、同監督は10月18日に都内で行われた、第4回トロント日本映画祭in日比谷でのトークイベントに登壇し今後の方向性について、かなり踏み込んだ発言をした。19年に初めてフランスとの国際共同製作で映画「真実」を製作。今年は初の韓国映画「ベイビー・ブローカー」を製作し、カンヌ映画祭では主演のソン・ガンホ(55)が、韓国人俳優初の男優賞を受賞と2作連続、海外で映画を製作した。次回作について問われ「取りあえず、次は日本で…。日本の歴史を、さかのぼって、やりたいトピックが幾つかあって、そういうものをやるか、アジアを舞台にしたものをやるのか」と構想の一端を明かした。

さらに「撮りたいものは、ずっと途切れずにありますね。ただ、自分がオリジナルで(脚本を)書こうと思った時に、やや自分が書ける人間の範囲が、自分の中で見えてきていて」と吐露。「それを突破するために、例えば歴史上の人物を描いてみたりとか、他の脚本家と組んでみたりとか…この先、やってみようかな。自分の中から出てこない、人物像みたいなものは自分の映画の中で動かしてみようかな、という気持ちに、今はなっています」とも語った。

そう語った、ちょうど1カ月後に、是枝監督は坂元氏との初タッグを発表した。同監督は

「基本的には自分の映画は自分で脚本を書いて来ましたが、誰か脚本家と組むなら誰が?という質問には必ず『坂元裕二!』と即答してきました。それは、そんなことは自分のキャリアには起こらないだろうとどこかで諦めていたからです、きっと。夢が叶ってしまいました」

「今回は、縁あって共同作業が実現してしまいました。監督としてこの素晴らしい脚本とちゃんと勝負しなくてはいけないと、ファンであることは隠したつもりだったのですが、恥ずかしながら、バレバレだったと思います」

などと、まるで初恋の人と出会った青年のように、坂元氏との初タッグ実現への喜びを語っている。

世界的な動画配信サービスNetflixとも初めてタッグを組み、ドラマも制作した。森七菜(21)と出口夏希(20)がダブル主演したNetflixドラマ「舞妓さんちのまかないさん」が、23年1月12日に全世界で配信される。9月25日に都内で行われた、Netflixのグローバルファンイベント「TUDUM Japan」で流された映像の中で、是枝監督同社との初タッグの意義について言及した。

ドラマの舞台は、祇園の舞妓(まいこ)になることを夢見て、親友のすみれ(出口)とともに故郷の青森を離れ、京都へやってきたキヨ(森)が住み込む、舞妓が共同生活する屋形だ。同監督は「間違いなく映っているものが豊かになっている。玄関から屋根裏部屋、物干し場まで全部、作ることが出来た。映画の企画では、難しいんじゃないか。あのレベルで世界観を作ることが出来て感謝しています」と、Netflixの製作環境の素晴らしさを強調した。

創作活動と並行し、日本映画界の環境改善にも取り組んでいる。映画業界において持続可能なシステムを日本国内に作ることを目指す、権利能力なき社団「日本版CNC設立を求める会」を立ち上げ、運営メンバーとして活動。フランスの映画行政を管轄する国立映画映像センター(CNC)や韓国の韓国映画振興委員会(KOFIC)など、海外の映画界に存在する映画の共助制度と同様のシステムの必要性を感じ、映画を守るために日本映画界が連携して新たな仕組みを作ることを目指し、2年前から活動している。

具体的には、業界内を横断的に統括し、支援金を分配する、映画業界が「共助」するための支援基金を立ち上げることを目指す。

<1>教育支援

<2>労働環境保全

<3>製作支援

<4>流通支援

を支援の柱とした上で、CNC同様、劇場からの興収と放送、配信事業者からの徴収を財源と考え、日本映画製作者連盟(映連)とも21年から話し合いを続けてきた。

是枝監督は6月の会見で、財源として想定している劇場からの興収と放送、配信事業者からの徴収について「映連を敵に回したいわけじゃないですが、動かない。絶対不可能だと言われ、映連と1年、話をしても動かない。映連の中でも考えを共有できている人もいるが(財源の扉は)開いていない」と説明。「業界全体が1枚岩になって、初めて公的な連関に向かうべき。お金を出してもらうと口を出す、というところの意識改革をし、どう巻き込んでいくか。文化庁、経産省の垣根をどう取っ払い、合流させていくかが、その先に必要」と主張している。

東京国際映画祭の改革にも挑んでいる。コロナ禍に見舞われた20年に、アジア各国・地域を代表する映画監督と、第一線で活躍する日本の映画人とのオンライン・トークを発信する企画「アジア交流ラウンジ」を発案。同年9月のラインアップ発表会見では「日本映画の豊かさ…そこに、げたを履かせて頂いて、僕の映画が評価されている。長い映画の歴史を持っている国は、比例して良い映画祭を持っている。東京国際映画祭がそれ(日本映画の歴史)に見合っているか疑問だった」と指摘。その上で「5年前、提言書のようなものを直接(映画祭の)トップの方が変わる度に手渡ししている。山田洋次監督を囲む食事会の時、僕なりに厳しい批判をしたことを受け、安藤裕康チェアマンが『そこまで言うなら直接、協力してくれないか』ということか、依頼された」と、発案の経緯を説明した。

それから2年。今年の東京国際映画祭で3年目を迎えた「アジア交流ラウンジ」は「交流ラウンジ」と名称を改め、是枝監督を中心とした検討会議メンバーが企画し、世界各国・地域から集う映画人と第一線で活躍する日本の映画人が、東京で語り合う場として開催された。同映画祭期間中の10月31日に、是枝監督は企画の一環として橋本愛(26)を対談した。その中で

「日本の映画界は、若返りが進まない。日本は60代が、まだまだ若手…上がいるな、とホッとする」

と苦笑したが、還暦を迎え、これほど精力的な活動をしている是枝監督に対し「若返りが進まない」などと批判する人はいないだろう。

坂元氏との初タッグを発表した前日17日には、自身のツイッターアカウントで、台湾のアカデミー賞「金馬奨」を訪れていると報告。

「金馬奨映画祭で台湾に来ています。昨晩はマスタークラスに参加の坂元裕二さんとお粥を食べて、今日は鼎泰豊で小龍包を食べました。今、食後の街歩き中。」

とつづり、坂元氏とのツーショット写真を公開した。「怪物」の製作発表前日に、半ば初タッグを“フライング発表”した格好だが、13日には米国のハワイ映画祭に参加したとツイッターで報告していた。同15日には

「昨晩映画祭のセレモニーを終えて本日は久しぶりのオフです。オフといっても休日ではなく公式スケジュールが入っていないということで、今からロコモコを食べて、大学の学生の脚本を読み、東京国際映画祭で手渡された若手の短編を観て、これから向かう台湾の気になる映画をDVDで観ます。オフ、です。」

とツイートしている。当該ツイートを見た、国内のある映画関係者は「是枝監督は、本当にいつ、寝ているんだろう? 精力的な活動には、本当に驚かされてばかりです」と脱帽した。

是枝監督とお会いして話をし、ツイートをチェックするたびに、力を頂いている。年齢を重ねることは衰えではなく、得た経験を積み重ね、新しいものを生み出し続ければ、まだまだ走れるし、成長できることを再確認できる。高齢化社会に突入したと言われて、久しい日本だが、60代でも進化し、走り続ける是枝監督が示すものは、実に大きいと記者は思う。同監督の背中を見て、湧いた勇気を糧に、映画の取材者として今日も早朝から現場に向かう。【村上幸将】

◆是枝裕和(これえだ・ひろかず)1962年(昭37)6月6日、東京都生まれ。早大卒業後、テレビマンユニオンに参加。14年に独立し制作者集団「分福」を立ち上げる。95年に「幻の光」で監督デビュー。04年「誰も知らない」、13年「そして父になる」、15年「海街diary」などを経て、18年「万引き家族」でカンヌ映画祭で最高賞のパルムドールを受賞。