映画「夜、鳥たちが啼く」で主演を務めた山田裕貴(32)と、同作を手がけた城定秀夫監督(47)がこのほど、対談を行った。撮影現場ではそこまで深く話し合わなかったという2人が、改めてお互いの印象、作品への思いを口にした。

ドラマに映画に引っ張りだこな人気俳優の山田と、ビデオ専用映画・ピンク映画界のトップランナーにして、「アルプススタンドのはしの方」「女子高生に殺されたい」などで評価の高い気鋭の城定監督が初タッグを組んだ同作。「今できる最強ができた」と言い切るほど山田は自信作となり、城定監督も「自分の中で、何かが変わった」と感じるほど印象深いものとなったという。全4回に分けて、対談を届ける。(4回目)【佐藤成】

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-山田はキャリア約10年、城定監督は約20年になる。それぞれさまざまな作品に携わってきた中で、同作の位置づけは?

山田 「こっちみてほしいな」って思いました。僕は個人的に自分を評価することは今まであまりしてこなかったのですが、「今できる最強ができたな」って僕は思っていて、それは何か自信があったんです。こっちの自由という言葉があってるかわからないけど、このリアルな時間の流れと、城定さんが1カットで全部持っていってくれるこの撮り方がマッチして、「あーこういう映画やりたかったんだよな」「こういうお芝居がしたかったんだよな」って。だから編集で切り取られてしまったりだとか、現場ではこれだけの時間、数秒たった0コンマ何秒の間を使って言ったかもしれないけど、編集によってキュって短くさせられたら、僕の計算とはもう違うものになってしまうというか。僕が生きた時間じゃなくなってしまう。(今回は)生きた時間を本当に生きられたなって思える時間のまま作品として残してくださったので。もちろんそのいろんな作品をやることは大事だし、今までやってきたものにはそれぞれの良さがしっかりありますが、僕はたぶんこっちがあってるんだろうなっていうのを思ったし、芝居ではない部分で興味を持ってくださって、キャーってなれる映画にしか食いついてもらえなくなるのは、ものすごく悲しいというか、喜べるものではないっていうか、素直に。俳優であるからやっぱり作品をたくさん観てもらいたいですよね。今回、初めて自分で劇場の情報を調べて、今日お客さん入ってるのかとか、仕事の合間に調べました。それぐらいの思いとこの試写を見たときの感覚と、「こういう方がいいのかな」ってちょっと自分のその俳優としての道をいい意味で考え直すことができた作品になっている。今自分がやっていることが自分に合っていて正しいのかどうかをもう1回考えなきゃなっていい意味で思わせてくれたし、この作品の撮影期間は、僕の落ち着くというか、なんかふって力を抜いてやれてる瞬間っていうのが明らかに多かったので、絶対的に出来上がりも自然なものになってるだろうしっていうのを一番思ったかもです。「上映している劇場が近くになくて見に行けない」みたいなものを(ネットで)見るわけですよ。でもたぶん僕ってちょっとたてば、ドラマとか他の出演しているものがやってたりするから、「これ見られなくてもいいか」と思われてしまってはダメなんですよね。それはものすごく悔しいというか、僕は今、自分がやってることが正しいのかどうかわからなくなる瞬間でもあるんです。

城定監督 でもこれ本当に山田さんがこういう作品にすごくやりたいって言ってくれたし、すごくすてきですけど、元々の山田さんも、すごくこれは娯楽大作をみたいなものでしっかり芝居をしてすてきだなって。こっちもこういうお芝居もあって、なんか両方を続けてほしいなっていう思いですよね。

山田 そうなればいいなって、でもちゃんとどっちにも引き寄せられる人にならなきゃなっていうのは何かちょっと思った。

城定監督 なんか飲み屋街みたいな歩くワンカットだけ撮るみたいなところに行って、夜中、ちょっと終わって、山田さんは「お疲れさま」って自分の車で帰ったんですけど、そしたら見てた親子でちっちゃい女の子は(山田が)ロケバス乗っていると思ってて、お母さんに「ドラケン乗っているよ。バイバイっていいな」とか言われて、「バイバイ」とかいっていて、すごく幸せな光景があった。それは何か山田さんがこういう子たちの心の支えになっているんだなって何かすてきだなと思いましたね。僕は「東京リベンジャーズ」とかを撮っているわけではないんですけど、そっちにも出て、こっちも出てくれるのはいいなと思いました。

-作品をみて感じたことは?

山田 ちょうど何が幸せなんだろうって考えてた時期。俳優としては幸せだけど、僕は人として幸せなのかみたいな。それこそ慎一じゃないけど、たくさんの人に注目をしていただけるようになって、まさかこんなふうになると思ってなかったから、わかんないんですよ。自分の人生が、主演映画を撮らせてもらえるようになると思ってないし。自分で口では言ってきたんですよ。「俳優王に俺はなる」とか言っていたけど、一番信じてない俺だから。だから怖いからあえて口に出してたと思うし、僕は想像できていなかったからもうここからどうなるかわからないんですよ。僕だけの力じゃなくなってくるっていうか、動きが。誰かが声を上げてくれたら、たぶん僕はその作品にいって。またそれが続くんだったら、続いて、これで誰も手を挙げてくれなかったら僕はもういなくなるわけで。僕がどうこうっていう問題じゃないから、自分自身で幸せを決められないっていうか、自由に「ちょっといい人できたので結婚します」っていうこともこの仕事をしてる以上、そんな簡単に出来るものではないです。何かタイミングがあるかもしれないし、じゃあ何を「幸せ」だと思えばいいのか、みたいな。だからこの途中から思い始めたのが、本当に全てがもう「人のため」。もう自分のためとか何もないですよね。「この現場のため」。大河ドラマだったら「初主演を務める松本潤さんため」「ここにいるみんなのため」。月9だったら、「月9で初主演の北川景子さんのため」「そこにいる現場の人たちのため」。この映画だったら、この「夜鳥」の「城定さん、まりかさん、この人たちのため」。だから自分はないみたいなもんというか。でもそれで良ければ、やっぱそれが対価として返ってくるから、初めてそこで感じられる。「あーよかった、やってよかった」って周りの人たちが思ってくれたら、初めて「僕もやってよかった」って思える。だから難しいですね。その瞬間そのときに何かを感じられるかといったら、ただそこで一生懸命やるだけっていうことしか思ってないから「よーい、はい」で慎一を生きるっていうことしか思ってないから、「これでどうなってやろう」みたいな野望みたいなものが僕にはないっていうか。ただやってみて後から、こういう方が何か自分的には得意なのかなとかを感じることはあるけど。

城定監督 僕もそんな自分がこういう映画を撮れる未来なんて、全く想像もしてなかったので、それは山田さんに本当全く共感っていうか。本当にたぶん自分のいいところってある程度外にだすけど、ダメなとこって隠すから、自分のダメさを一番わかってるのって自分なんですよ。だからなんか本当にこうなる未来って予想できてなかった。この先が今後、どう思うのか、今そんなに実感ないんですけど、自分のフィルムグラフィーの中でどういう作品になるのかは、それが例えば10年後とかに見たときに、「あんなのがあったよね」っていうんじゃなくて「あの作品から変わっていったな」とか、そういう感じの作品になってそうな気がしますね。まだちょっとわかんないね。なんかでも自分の中で、何かが変わった。映画に対するものとか、役者さんに対するものとかは何かあるんですけど、それが答えとなって作品に出るのはもうちょっと先かなっていう気がします。いろんな作品にありますけど、改めて見て、あのときしか撮れなかったんだって思うんですけどね、何年か経つと。またちょっとそういう見返し方もしたい。何年かに一度見たくなる作品だと思います。

-早くも次作のタッグが期待される。

山田 ぜひ。何やりたいとか具体的なものは全く考えていないんですけど、またああいう時間を過ごせるならそこに身を投じたいです。

城定監督 ぜひぜひ。なんかゆるいのを、やっぱり自由にやりたいなっていう。今回みたいな暗いのではなくて、本当にほのぼのとした、ははってたまに笑うくらいのお芝居が似合いそうな気がするんです。まあ何でも大丈夫です。がっちがちの娯楽作でもそれはそれで楽しそうですね。

(終わり)