俳優仲代達矢が90歳になって初めての舞台「バリモア」が東京・北千住のシアター1010で開幕した。

老いた米俳優ジョン・バリモアが、人生を振り返り吐露する一人芝居だ。バリモアが哀愁と皮肉を織り交ぜて来し方を語るうち、どんどん熱を帯びていく。仲代が放つ悲哀と皮肉のせりふ回しは、重々しくて軽やかという、なんとも言い難い魅力を持っている。

この作品に臨むにあたり、仲代に取材をした。低音でよく通る声は、取材の時も同じだ。聞くと仲代は、声帯も筋肉であるため、仕事や稽古のない時も毎日、声のレッスンは欠かさないのだとか。「大きな声、高い声、中音、低音、いろんな声を出します。1000人入る小屋でやる時には、かぶりつきのお客さんから天井桟敷まで通る声を両方使いこなさなきゃいけない。発声訓練は、家中を駆け回りながらやっています」と話していた。

確かに、記者と対面しすぐそこで話している時も劇場の客席にいる時も、仲代が発する声はどの音も明瞭で耳に届く。すごく大きな声を出していなくても、語尾まできちんと聞こえる。

また、ユーモアのあるせりふや、自分自身を戒めるようなせりふの時など、歌うように話すこともある。仲代独特のせりふ回しについても、そのヒントを話してくれた。俳優座養成所で学んだ仲代は、「新劇は語れ、歌舞伎のように歌うな」と教えられたそう。ただ仲代は「語るだけだと、演劇らしくないので、私は歌うように語るようにしてきました」と話してくれた。演劇経験のなかった仲代が養成所で学ぶ中、自分なりの表現方法を見いだして貫いてきたのかと、そのエピソードの裏には相当の努力があったのだろうと思った。

おもしろかったのは、歌うように語るという話をしていると、仲代がおもむろに「演歌歌手は最高。生まれ変わったら歌手になりたいんです」と言ったことだ。驚いていると、仲代は細川たかし、三山ひろしの名前を挙げて「演歌歌手の歌い方、スタイルは世界的。舞台役者もあれくらいになれればいい。私も含めてね」と笑った。

ちなみに仲代の声は母親譲りかも、とのこと。「母はすばらしいおしゃべりでした。私が役者になって舞台を見に来ると、『今芝居やってんの、あれ、うちの息子なんです』という声が、こっちまでビンビン響いてくるんです」と笑っていた。情景が浮かぶようなエピソードに、また笑ってしまった。

20代から、舞台と映画の両方で活躍し続けてきた仲代の生の声を、舞台でぜひ味わってみてほしいと思う。目線の先に情景が広がるような声だな、と思っている。【小林千穂】