新型コロナウイルスの感染拡大もやっと下火になったようで、日本でもマスクから解放されることになりそうだ。もっとも、感染者がゼロになったわけではない。3年あまりの間、着用し続けたマスクだけに、いきなり外すことに、抵抗を覚える方もいることだろう。少しずつというか、TPOに応じて対応することになりそうだ。

日本はそんな状況だが、海外では、マスク解放のハードルは低い。

先日、元千葉県知事で俳優の森田健作(73)がタイ・バンコクのパンヤピワット経営大学(PIM)の客員教授に就任したため、同行取材した。

タイを訪れたのは十数年ぶり。もちろん、日本から渡航したのは、コロナ禍以降では初めて。久々の羽田空港の国際線ターミナルは大混雑。保安検査場には長蛇の列ができ、コロナ禍で抑制されていた海外渡航への旺盛なニーズを実感させられた。同じように、バンコクの空港も人であふれ、入国審査に1時間以上も並ぶことに。並んでいる外国人のパスポートを見る限り各国から来ているようで、タイへの観光が以前に戻っていることも肌で感じ取ることができた。

客員教授に就任した森田は、パンヤピワット経営大学で、学生を前に記念公演を行った。

「日本では国会議員や知事を辞めると、大学の客員教授や起業の顧問になる人が多い。だが、どれだけ大学や企業のことを知っているのかは疑問。私はPIMの企業理念などを知り、世界を見据えた行動力を教えるという教育方針に感動し、私の方から客員教授をやらせてもらいたいと思った。私は議員時代に2度文部政務次官(当時)をやっていますが、教育が世界をリードすると思っている。アジアの皆さんと友情を深めたいし、特にタイは親日国で仏教国です。勉強や研究は大事ですが、最も大事なことは両国がお互いを好きになり興味を持ち、友情を深めること。日本とタイが頑張れば、世界をリードすることができる」などと訴えた。

森田は国会議員や県知事としてタイとの国際交流に尽力。主演ドラマ「おれは男だ!」がタイでも大ヒットしたことから、現地でもかなりの有名人だ。ホテルのロビーにいると、ツーショットでの写真撮影を求められる。政治家だったという習性もあるからなのだろうが、そんな時は嫌な顔一つ見せず、笑顔で写真に納まるシーンを、何度も見かけた。千葉県知事を勇退して1年以上もたつが、まだまだ現役の政治家のように見えてくる。

今回、タイを訪れた目的は客員教授就任だけではないようだ。森田によると、日本とタイなどの大学によるアジアオンライン大学(仮称)構想があるといい、森田はその時に向けて、大学間のさらなる交流や協力を要請していた。

アジアオンライン大学構想は、ITやDX分野での人材不足が予測されており、日本とタイの若者がデータサイエンスやプログラミング、デジタルゲームなどアジアでニーズの高い学問をオンラインで学べることを目指すという。

PIMはタイ最大級のコングロマリットの1つであるCPグループが設立した企業大学。タイだけでなく世界中の学区制に職業教育と就労機会を提供してきた。このアジアオンライン大学構想が実現すれば、日本とタイの若者らが、交流しながらともに学ぶことになる。

最近の若者たちは…などという言葉を使いたくはないが、近年のデータをみると、海外留学する学生は減っているという。内向き指向が強いとの分析だが、少子化が進み、超高齢社会を迎えている日本としては、人材のグローバル化はもはや必然だ。そんな意味からも、日本の学生が海外に出て、他国の学生が日本で学ぶという、学生の交流こそが大切なのだと思う。

だからこそ、森田も「今日から私たちは青春の心をもった仲間同士、友人です。年をとりましたが、いつまでも青春です。私は日本では青春の巨匠と呼ばれています。日本とタイの若者のために汗をかきたいし、学生諸君と対話もしたい。両国の発展に尽力したい」と語っていた。

森田を取材すると、タイとの歴史は古い。最初にタイを訪れたのは71年。アイドル時代のことだった。タイから1000通以上のファンレターが届く人気ぶりで、招聘(しょうへい)されたのだという。ドラマ「おれは男だ!」がタイでも大ヒットしたからだった。放送から五十数年たった現在でもレコードやポスター、ドラマのDVDなどが出回っている。ドラマの主題歌で森田の歌った「さらば涙と言おう」や「友達よ泣くんじゃない」などはカラオケの上位を占めているほど。中でもプーミポン国王の次女、シリントーン王女(67)は今でも熱烈な“森田ファン”として知られている。

そんなことを森田に訪ねると「役者冥利(みょうり)に尽きる。タイに来ると、いまさらながらアイドル時代に戻った感じになる」と苦笑いする。ただ、「おれは男だ!」を知らないタイの大学生も、シリントーン王女が大ファンだと知ると、驚きの声を上げる。

バンコクでエンタメの状況を聞くと、誰もがK-POPの隆盛を挙げる。残念ながら、日本のエンタメはまだまだ。だからこそ、海外での知名度はある森田は貴重な存在だし、日本の外交面においても、エンタメの海外輸出が必要だと実感させられた。【竹村章】